第42話『君を想えど-⑥-』
「イダッ――!」
「滅茶苦茶腫れてるじゃないか。何でさっさと言わなかったんだ」
メリッサは左の足首を捻挫していた。
何故こうなったかというと、メリッサが彼に蹴りを入れた時、闇の中だった事と変に力を入れてしまった事が原因だった。
確かにその辺あたりから極端に口数が少なくなったとアスターも思っていたが、まさか捻挫した挙句、痛みを我慢していたとは思ってもみないことだった。
「流石にそれじゃ歩けないな」
「こんなの、我慢すればなんとか――」
「なるわけないだろ」
「痛つっ――――!!」
(指でつつくだけでこの痛がりよう。我慢なんて出来るはずがないし、させたくない。応急処置しようにも物がないし。……さっさと脱出の糸口を見つけて、ちゃんと医者に診てもらわないと)
「取り合えずそこで大人しく座ってろ」
これ以上悪化しては大変だと、アスターは今まで以上に思考を巡らせる。
「……なぁ、俺達が入ったあの部屋。保管室なんだよな」
「そうよ。それが何?」
(普段は鍵が掛かっているはずの保管室。どんな理由で鍵が空いていたのかは不明だが、メリッサは普段、魔具が厳重に管理・保管されている場所と言っていた)
それを踏まえアスターはふと思う。
「じゃ、希望はもてるな」
「……どういう事よ」
「ここには誰もいないし、“何も転がってない”からだ」
ならば元気な内に外に出られる可能性が高いはずだと、あの箱が相当ヤバイ代物では無く“安全な”ただの魔具であるなら、管理はずさんだが、その辺に落ちていた事にも合点がいくと彼は続けた。
(考えろ、考えろ。今の状況を、床に穴は無いし、段差も無かった。それにこの壁。角が無いんだよな)
アスターは改めて床を照らし、壁と床の境目をマジマジと見つめる。
壁は微妙な曲線を描いていた。
「もしかして」
果てしなく広い空間だと思っていた場所が実は狭いのかもしれない。
次に浮かんだ疑惑を確かめるべく、壁に向かって光を照らす。
淡い光に照らされた壁の先は、彼が想像していた通り、中途半端な所で終わっていた。
「やっぱり」
「ねぇ、アンタさっきから何して――」
不安な声を上げるメリッサの横で、アスターはおもむろに靴を脱ぎ、少し壁から離れて軽く靴を投げた。
コツンと壁に当たり戻ってきた靴。
アスターはそれを拾い上げ、少し考えると、もう一度上に投げた。
「これは……頑張ればなんとかなる高さなのか?」
二度目に投げた靴は返ってこなかった。
「――っと、ねぇ。ねぇってば! いい加減説明し、な、さ、い、よ!」
「痛っ!!」
イラついた口調のメリッサが、座ったままアスターの足に手を伸ばし、服と一緒にふくらはぎ周辺の皮を思いっきりつねった。
「いちいち暴力使わないと人と話せんのか!」
「アンタが無視するからでしょ!」
「してないだろ」
「してたわよ! アンタ、ここ五分ほどの記憶思い出してみなさいよ!」
「五…………あー。ごめん、してたかも」
「ほらみなさい!」
集中しすぎて声が聞こえていなかったと、アスターは素直に謝り、今、彼が何を思い、何を成そうとしているのか簡単に説明することにした。
「この壁、四隅が無かっただろ? んで、ちょっと分かりにくいけど壁と床の境目が真っすぐじゃない。でも、よく見ればわかる程度ってことは、ここってそこまで広くないんだよ。声の反響もそこまでって感じがするしな」
「靴を投げてたのは?」
「壁がどのくらいの高さなのかみたかったんだ。それで分かったことがあるんだけど、一度目は戻ってきたけど、二度目は戻ってこなかっただろ? でも、靴が落ちたような音がそんなにしなかったってことは」
「壁向こう側じゃなく、壁の上に靴がのったってことね?」
「そういうこと。でも、投げる力はそこまで変えてないから、この壁はそんなに高くないはずだ」
「……アンタ、ちゃんと色々考える頭があったのね、驚きだわ」
(ひでぇ)
しかし言い返せないアスターであった。
「で、ここを登りたいけど、アンタの背じゃ届きそうになさそうなの?」
「んー、こう暗いと助走付けてって訳にもいかないしな。それに
そう言いつつ、アスターはメリッサに携帯端末を返した。
メリッサはそれを受け取りながら、ひとつ提案する。自分が踏み台になろうかと。
「お前なぁ、いくら俺より腕っぷしが強いからって、普通の女の子なんだから、もっと自分の体大事にしろよな」
「……」
(あ、ヤバイ、殴られる!!)
“暴力的な女”という言葉をオブラートに包んだ言い方をした自覚があったアスターは、一瞬身構える。
けれど鉄拳は飛んでこなかった。
(別の方法でも考えてんのかな)
彼がそう思った次の瞬間。
ぼうっと、淡白く光る小さな“何か”が見えた。
(何だ?)
ゆらり、ゆらりとそれは左右に揺れながら、次第に大きくなっていく。
そして――。
「っ!」
アスターは短い悲鳴を上げた。
光に照らされた“何か”の正体が、熊のように大きく、厳つい顔をした短髪の男だと分かったからだ。
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