第39話『君を想えど-③-』
「ぐぬぬぬぬぬぬ~~~~!!」
「キモっ!」
見回りから戻ってきたメリッサが、ただいまも無しに、開口一番アスターに暴言を吐く。
何故かというと、ドアを開けた瞬間、これでもかと顎をしゃくらせ、眉間に皺を寄せまくった変顔のアスターが目に入って来たからだ。
「な、何してんの……?」
流石のメリッサも引き気味である。
「リドから、魔力の流れを掴みとれって言われたんだけど……」
そんな簡単に魔力の流れなんて感じ取れるはずがなかった。
「あっそ。――で? 室長とリドは?」
(すげぇ、秒で興味無くされた)
メリッサの切り替えの早さに、人として自信が無くなるアスターであった。
「えーと、スター……あ、室長ならトイレ。お腹痛いんだって。リドはわからん」
「は?」
「あ、いや多分、気分転換しにいったんだと思う。さっきまで見てくれたんだけど、凄い長いため息ついたと思ったら、暫くそうしてろって出て行ってさ」
「ああ、なんか想像ついたわ。ま、いっかメールで」
そう呟くメリッサに、リドに何か用でもあったのかとアスターは尋ねるが「まあちょっとね」と言葉を濁されただけだった。
その後、自分のデスクに座るよりも前に、メリッサは携帯端末を取り出し、指をスイスイと動かしはじめた。
「あ、おい。帰ってきたぞ。リド」
「は?」
そこへ丁度よくリドが戻り、メリッサは要件を伝えようと口を開けるが――。
「お兄にぃーさまぁー!!」
声を発する前に、ふわふわ長い紺碧の髪に釣り目がちの青い瞳、そして秋口に着るにはまだ早い、上等そうな厚手のドレスコートを羽織った十歳前後の小さな娘がリドの足に抱きついた。
「モニカ!?」
リドが慌ててしゃがみこみ、モニカと呼んだ少女の肩を掴む。
「なんでこんなところにいるんだ!」
「だってだって! お兄さま、お家に帰ってこなくなるって聞いたから。だからだからモニカが会いに来てあげたのよ!」
満面の笑みでそう言い放つモニカに、リドの眉間の皺は一層深くなるばかりだ。
「どうやってここまで来た! お前がここに居る事、母さん達は知っているのか!?」
「う……」
「何も言わずに出てきたのか……」
「だってぇ」
「だってじゃない!」
頬をぷくっと膨らまし、むくれるモニカ。
対するリドはいつもの調子で、子どもにも容赦無く正論を浴びせていく。
(話しの流れを聞く限り、リドの妹なのかな。つかアイツ、肉親にもあんな感じで怒るんだなぁ)
いつも厳しい対応を受けている側にとって、その光景はなんだか新鮮だった。
今までリドが、アスター以外に対して紳士的だったこともあるから尚更だ。
そんな事を考えていると、一際大きな怒鳴り声が辺りに響く。
「我が儘を言うな! ここにお前がいても、邪魔だって事がわからないのか!」
「~~~~っ!」
その言葉は、小さなモニカにとって刃物と同じだった。
ショックを受けたモニカは、暫く肩を震わせた後、顔をくしゃりと歪ませる。
ぼたぼた落ちる大粒の涙が、少女が受けた心のダメージの深さを物語っている。
「リド」
こういう事に、第三者が口を挟むべきではないとは分かっていても、声すら上げずに涙を流すモニカを前にして、アスターは居ても立っても居られなかった。
「言いすぎ」
「……部外者は黙っていろ」
「もー、いちいち言い方がキツ過ぎるんだよ。俺のときもだったけど、いきなり頭ごなしに怒られるとめちゃくちゃ怖いし、人格否定された気持ちになるからずっげー辛いんだぞ」
「……」
そう言われ、リドが改めてモニカの方に顔を向けると、モニカはメリッサに抱きとめられ、小さく震えていた。
「確かに電車で通うような距離を、小さな女の子一人でってのは危ないと思うし、家の人にも心配かけていけないことだと思うよ。でもだからって今のは駄目だろ。俺相手ならまだしも相手はまだ小さい女の子なんだから」
「……」
言い過ぎたという自覚があったのか、リドはバツが悪そうに俯く。
すると、リドとメリッサの懐から同じ着信音が同時に鳴り響いた。
「こんな時に……」
二人は即座に画面を確かめる。
出動要請がかかったようだ。
「アタシが行こうか?」
「いや、俺が行く。そういうルールだ。――おい、お前」
「ん?」
自分のことか? というジェスチャーで彼がリドを見ると、グッと眉間に皺を寄せたリドが、捻り出すように渋々と言葉を発した。
「……妹を見てやってくれ。すぐ戻る」
「お、おう……」
そしてリドは迎えが来るまで隣の部屋にいるようにとモニカに言って、足早に部屋を出て行った。
当のモニカは、まだぐすぐすと泣いていて、非常に重苦しい空気が流れている。
「ぉ……兄さっまは、モニカのこど、ぎらい、なのかなっ?」
「違うわモニカ。アナタのことが心配でたまらないのよ」
「でもっ、モニカのこど、じゃまってゆったぁ!」
泣き止まぬモニカをどうなだめようか、アスターとメリッサは頭を抱えた。
(こんな時、菓子の一つでもあれば――)
「あ」
「なによ?」
「いや、そういえば今朝貰ったなと思って」
「は?」
ガーゴイル達に残さず喰われてしまったクッキーをカレンにまた貰っていたことをアスターは思い出した。
「あった、あった」
一番下の大きな引き出しにしまったクッキーの袋。
またガーゴイル達に集られてもいいように、この間よりも多めに入れたと言っていた通り、袋はこれでもかと膨らんでいる。
「これあげるから――って」
「?」
「あの子は?」
「えっ!?」
二人が気が付いた時には既に遅く。
扉の付近で泣いていた筈のモニカは、忽然と姿を消していた。
「なんでちゃんと見てないんだよ!?」
「アタシのせいだって言いたいの!?」
そんな言い合いをしつつ、廊下に出る。
昼時の協会内は賑やかで、今日は何を食べようかと話しながら食堂に向かう若い女達や、何かの資料を両手に沢山抱えた男が廊下を歩いていた。
「この位の女の子見ませんでした!? こう、ふわふわのモコモコドレス着た!」
「えっ、さ、さぁ?」
「見てない……わよね?」
そのへんの職員に片っ端から声を掛けたが、誰も見ていないという。
「まずいわね……」
「いやでも、まだそんなに遠くには行ってないだろうし、なんなら館内放送で呼び出しとか……」
「呼び出して出てくるくらいなら、居なくなったりしないわよ!」
(ですよねー)
なんてやり取りをしていた時だ。
――ッ。
――ク。
「?」
遠くから微かに声が聞こえ、アスターは耳を澄ます。
「なに!? 見つけたの!?」
「いや、なんかむこうから聞こえるから……」
「なんかって何よ」
「泣き声が……ほら、やっぱり。階段の方からだ」
雑音に混じって耳に届く、すすり泣く声。
メリッサはそんな声は聞こえないと訝しがるが、アスターにははっきりとその声が聞こえていた。
「とりあえず行ってみよう」
「そ、そうね」
とにかく早く保護しなくてはと、二人は駆け出した。
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