第32話『寄り添うふたり-②-』

 炎飛竜ワイバーンを乗りこなし、アリアとセイジは、とある人物が住むというソーン南西部に位置する街の郊外に建つ廃屋を訪れていた。


「本当にこんな所に人が住んでいるの?」


 アリアは吐き捨てるようにそれを言う。

 ほぼ全ての窓が割れ、壁や扉がボロボロに朽ち果て、到底、人が住んでいるようには思えないからだ。


「セージ、命令よ、抱っこしてちょうだい」


「……」


 お気に入りの服にほこりがつかぬよう裾を持ち、いつものようにセイジに命令を下す。


 留め金が外れ、片側が倒れてしまっている扉から中に入り、二階を目指した。


「これね」


 アリアが見つけたのは、二階の部屋に置いてあった大きな姿見だ。

 一見小汚い鏡だがこれには秘密があった。


「――我に捧げよ、その声を。うたえ謳え、高らかに。忘れな謳を心に刻め、心臓深く刻み込め。復讐終わるその時までに――」


 アリアは事前に渡されたメモ通りに詠唱し反応を待った。


 鏡面が額縁を残し、黒く染まる。

 この姿見は異空間へと通じる門なのだ。


「なんなの……ここ」


 中は太陽も雲も無い場所だった。

 唯一の光源は点々と光を灯す街灯のみの、延々続く一本道と闇が広がっている。


「……セージ、命令よ、道なりにまっすぐ進みなさい」


「……」


 街灯の明かりを頼りに、セイジはその足を進めた。


 踏み出す度にその黒い鎧は音を立て、裏地が赤い漆黒のマントがひらりとなびく。


 一方、その腕に抱かれたアリアは、ただぼーっと辺りを見つめ、手は自身が身に纏うゴシックドレスの袖、花模様の白いレースを弄じって暇を持て余していた。


「どこまで歩かせる気なの、なんなの? 馬鹿なの? ここの主は」


 実際歩いているのはセイジなのだがもう二十分は歩いたとアリアは悪態づく。


 歩けど歩けど、目の前の風景に変化は無い。

 アリアは次第に苛立ち、デカい魔法の一つでも食らわせてやろうかと、愚痴愚痴言葉に出していく。


「向こうが悪いのよ、こんな長ったらしい道を作るから」


 さて何系にしてやろうかと思考を巡らせ、その手に力を溜め込んでいると、まるでそれに慌てたかのように、ぐにゃりと景色が変わった。


「!!」


 二人の目の前に突然屋敷が現れた。

 まるで外のボロ屋敷を綺麗にしたような外観をしていた。


「最初からそうしてりゃいいのよまったく」


 チッと舌打ちして、アリアはその足を地に下ろす。


 すると玄関の両扉が開き青年が出迎えた。

 青年の面差しは特徴的で、暗がりの中でも目立つプラチナブロンドの髪を後ろで短く束ね、眼光鋭い金色こんじきの瞳とそれを囲む黒い強膜きょうまくが野生的にアリア達を見ていた。


 更にその浅黒い褐色の肌は、漆黒の燕尾服に包まれ、ほぼ闇と同化している。


「どのようなご用件でしょうか」


 青年はアリアに声をかけ、それにアリアも答えるが……。


「あなたここの使用人? では主人のもとへ今すぐ案内しなさい」


 その返答は答えになっていなかった。

 青年はしばらく黙り、扉の前を頑なに動かなかったが、アリアがまた破壊するぞと喚くとその姿勢を崩し、二人を中へ招き入れた。


(本当、なんなのここ……)


 ここも空間を捻じ曲げているのだろう。

 外と違い、中はまるでアリアの住む古城のように広かった。


 しかし長く続く廊下にさえ、調度品の一つも無ければ絨毯さえ引かれていない。


 飾りといえば、等間隔に配置された壁掛けの燭台のみで、殺風景過ぎて別の不気味さを感じる屋敷だとアリアに思わせる程、そこには何も無かった。


「どうぞこちらへ」


 青年が大きな扉の前で立ち止まり、扉を叩くと、意外な呼び名を口にした。


「父さん、お連れしました」


「えっ」

(使用人じゃなかったの――?)


 アリア達が通された部屋は応接間だった。

 それも部屋の外とは対照的で、天井には大きなシャンデリアが光を放ち、壁には額縁に入れられた絵画が数点と、発色が美しい焼き物等、様々な調度品がバランス良く配置されていた。


 入るなり、アリアは顔をしかめる。


 部屋の中央、金縁のアンティークソファに腰掛けた屋敷の主人と思える者は、どこぞの公爵かと思うような出で立ちで、不気味な羊の頭蓋面を頭からすっぽり被り、その傍らに女を二人はべらせていた。


 片方は所々に鱗が見える肌を黒檀色のドレスから晒す、長い緑髪りょくはつの女。


 もう片方がストロベリーブロンドの細く柔らかな髪を右側で束ねた、純白のミニドレスを着た小柄な少女だった。


 妖艶な女も小柄な少女も、金髪の青年と同じく強膜が黒く、小柄な少女に関しては右目には革の眼帯をしており、片目では見づらいのか目つきも悪い。


 まるで睨みつけるとも取れる少女の視線は、アリアの服を下から上へ、その細部までをじっくり観察しているかのように、青い瞳を向けている。


「ふーン。……結構いい趣味してるじゃン」


 小柄な少女が、尻上の独特なアクセントで独りごちる。


「黒騎士の彼も素敵じゃない?」


 妖艶な女もそれに続き、毒々しいまでに赤い瞳でセイジを見やる。


 まるで獲物を狩る獣の目だ。

 艶かしく舌なめずりする女に、アリアは危機感を抱き、セイジの前に出ては、誰にもやらぬと威嚇した。 


「――それで、何用か」


 そんな女達にお構い無しに、面の男はくぐもった声で尋ねた。

 アリアは小さく咳払いし、事情を話す。


「あなた、チャーリー・ロビンソンに素体を一体譲ってあげたでしょう? アイツは私の従兄妹にあたるんだけど――まあ、それを私が買い取って、つい最近逃がされちゃったのよ。すぐに追跡魔法を掛けて探したけど、どうしても見つからなくて……ここにあの人形の細胞か何か……サンプルが残っていれば、もっと強力な捜索魔法を掛ける事が出来るの。少しでもいい、髪の毛一本でも残っていれば言い値で買うわ」


 前払いでもいい、いくらでも出す、悪い話では無いだろう? とアリアは前のめりに話を持ちかけるが、それを聞いて女達は顔を見合わせた。


「よくもまあ、人を寄越せたものだ」


 面の男は苛立つ声でそう吐き捨てた。

 それに続くように少女が口を開く。


「譲ってあげたですっテ? アンタ何にも知らないのネ、あれは、あの男が勝手にここから持ち出したのヨ」


「は? 何言って――」


「言葉通りだ。あれはあの男に盗まれた」


 面の男はむしろ返還を求めると言い放つ。

 それを聞いてアリアは爪を噛む。


「盗られたってなんなのよそれ。こんな所まで来てやったっていうのに返せですって? ほんと……もう何、なんなの皆……皆、私の事バカにして……! こんな、こんなハズじゃなかったのに……!」


 ブツブツ言葉を漏らす度、声は抑揚を生み、黒く塗られた爪は噛まれ歪になっていく。


「アレにはセージの記憶と心を移してあるのよ? 今更別の人間を用意してもこれ以上はセージが持たないし……早く探さなくちゃ、絶対見つけてあげなきゃ。きっと今頃一人で心細くて……ああ、そうよ、絶対泣いてるに違いないわ! 早く迎えに行ってあげないと!! 出し渋ってないでさっさと出しなさいよ!」


 目の前のテーブルをバンと叩き、手の痺れなんざお構い無しにアリアは怒鳴り、小柄な少女の怒りを増長させた。


「コイツまじムカツク。盗人の仲間のくせに何様なわケ?」 


「良い。しかし貴様、あれに他者の記憶を移したと言ったか?」


 どんな術を使ったのかと、面の男はアリアに尋ねる。


「事によっては力を貸してやらんでもない」


「パパ!?」


「は? ……それは、本当でしょうね?」


 男は少女をぎょしながら、あくまでも内容次第だと念を押す。


 アリアは半信半疑で事の次第を話し、男の様子を見た。


「なるほど、な……」


「さあ、ちゃんと包み隠さず話したわ。どうなの? 協力してくれるの、くれないの? さっさと答えなさいよ!」


「本当ムカツク! パパ、もうコイツっちゃおうヨ! 口の利き方がなってないもン!」


「……シャノン」


 男は妖艶な女、シャノンの名を呼んだ。

 シャノンは男が言わんとする事をすぐに察し、癇癪かんしゃくを起こす少女をいさめる。


「ナノ、そろそろ落ち着きなさい。これはお父様が決める事であって、私達が口を挟むことじゃ無いわ」


「そうだけどォー!」


 アリアのやることなすこと全て、小柄な少女ナノのしゃくに障る。


 それも周りが誰一人反発していない分、余計にだ。


 その内ナノはシャノンに連れ出され、男は背もたれに寄りかかると一層深い息を吐いた。


「さて……」


 真実を話すか話さないか男は悩み、口は硬い方かとアリアに尋ねる。


「別に普通よ。喋るなと言われれば喋らないし、今は……チャーリー以外、喋る相手もいないし……」


「ふむ……」


「やめて、そんな目で見ないで」


「失礼、ではついてこい。ただし一人でだ」


 その黒騎士は置いてこい、でなければ案内しないと男は言い、アリアはそれに渋々従うしかなかった。


(少しなら……平気よね……)


 片時も傍を離れる事の無かったセイジが、自分の横に居ない事がこんなにも不安になるものなのか……。


 部屋から出たアリアは、小刻みに震える手を押さえ、面の男の後を追った。

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