第31話『寄り添うふたり-①-』

 元聖女と悪魔の恋路を見届けたあの夜から一週間ほどが経った。


 アスターを取り巻く慌ただしかった日々もあれ以降は落ち着きを見せ、最近は平和そのものだ。


 しかし暇にかまけて無駄に時間を過ごしたところで身にならないと、アスターはここ数日シオンに頼み込み、雑貨屋グリシーヌの裏庭で剣の稽古をつけてもらっていた。


「遅いっ」


「――っ!」


 彼等が握っている獲物は、刃が短いゴム素材のおもちゃである。


 ただ鬼人状態のシオンから飛んでくる青い鬼火を跳ね除けつつ、剣撃も避けるというかなりスパルタな稽古内容で、開始から三十分、既にバテバテだった。


「実戦なら死んでますよ」


「そうだろうけどっ! やっぱ、いきなりは無理なんだって!」


 なぜこんな無理やりなメニューなのかというと、さっさと実践慣れする為に、まず動体視力と反射神経を鍛えてみてはどうだろうかと言われ今に至る。


(剣先を見ればシオンが見えないし、シオンを見れば剣先が見えない……どうすりゃいいんだ)


 小さな手に力を入れて、懸命に鬼火を打ち消すが、その後方から迫る鬼火が頬をかすめる。


「ちょっタンマタンマ! 無理焦げる!」


「自分が貴方に敵意を向けない限り焦げませんよ」


「精神的に焦げた気になるの! もっ! 無理! 休憩させてくれ!」


 アスターは完全に息が上がってしまい、地面に倒れこんでしまった。


 そこへ冷たい茶をナズナが運び、少しの間、木陰で休憩する。


「本当に手加減してくれてるんだよな?」


「ええ、赤子の頬を軽くつねる程度の力しか、出していませんよ」


「全力でぶん殴りにきてる感じしかしないんだけど」


「……まだまだ調整が必要ですね。ちゃんと鍛練は続けていますか?」


「一応言われた通りやってるよ。食事も変えてもらったし」


 稽古を始めてからというもの、アスターはずっと体力の無さについて指摘されていた。


 確かにそれは彼も思っていた事だったので最近は筋トレも毎日毎晩欠かさず頑張っている。


「言うてまだ一週間程度だし、それにこんな姿じゃなぁ」


 本来なら常時大人の姿を保ちたい所のアスターだが、飴はまだ試作段階で精製に時間がかかり大量に作れない。


 それに加えてミスターだ。

 子供の姿だからこそ、ミスターも同居を許しているが、大人の姿を見られた日には、彼がどういう反応を起こし、面倒なことになるか容易に想像できた。


 だからステラと相談し、ふたりでギリギリを見極めながら魔力供給を続けている。

 

「……なるほど、では課題を一つか二つ増やしてみましょうか」


「シオンって割と話聞かないタイプだよな」


 そんなやり取りをしていると、店と裏庭へ通じる扉が開く。


「シオン、もっと手順を踏んで、ゆっくり教えてあげなさい」


ぬし様」


 相変わらずのボサボサ頭に、書生ファッションの藤四郎とうしろうが現れた。


 穏やかなその声と表情に反し、手元には木刀が二本握られている。


「お昼ご飯の前に、気分転換に僕と手合わせしてみませんか?」


「えっ!」


 まさかの申し出にアスターは驚きつつ、差し出された木刀を受け取った。


「なんだってまた急に」


「そんなに驚くことかな?」


「あ、いやその、藤四郎さんはこういった事はやらないと思っていたので……」


 運動、ましてや剣術なんてできるようには思えないとは流石に言えないアスターであった。


「そ、それに腕の具合はもういいんですか? まだ治ってないんですよね、傷口が開くんじゃ……」


「ああ、その事なら大丈夫ですよ」


 まるで腕一本あれば十分だと言わんばかりに、藤四郎は片手で木刀を振り下ろした。


「最初は僕が受け手に回りましょう。思いっきりで構いません、全力で飛び込んで来てください。全て避けますから」


 凄い余裕である。

 何だか癪に障ったアスターは、言われた通り全力で挑むことにした。


 ポケットから飴を出し、子供から大人へと姿を変える。


「本気になってくれたという事ですね?」


「はい。では……行きます!」


「ええどうぞ」


 その後藤四郎の余裕の表情は、一切崩れる事はなかった。


 体格差も無いというのに、アスターが繰り出す斬撃は右へ左へいなされて、まるで歯が立たない。


「ほっ、よっ……とと」


 そのうち、いなすこともせず軽やかに避け始める藤四郎。


 着物の擦れる音と靴が砂を蹴る音。

 そして木刀同士がぶつかり合う乾いた音が辺りに響く。


「くっそっ!」


 まるで、アスターがどこに打ち込むか予測しているかのように、振り下ろす前に藤四郎が動き、木刀が大きく上に弾かれた。


「ははは」


「っ~~~~!」


「動きが短調になっています。それでは主様に筒抜けですよー」


 少し離れた所でシオンが言う。

 そうは言うが、当の藤四郎は涼しい顔で汗一つかいておらず、それもこう軽くあしらわれては、ムキにもなるというものである。


 アスターは再び木刀を向けるが、やっぱり軽く避けられてしまう。


「君は良くも悪くも真っ直ぐで、非常に分かりやすいですね」


「っ!」


「はいまた。隙だらけです」


 言うなり藤四郎は木刀を振り上げた。

 アスターはそれに気を取られ、視線を切っ先に集中させてしまう。


「っわ!」


 藤四郎の狙いは足元だった。

 足を払われたアスターは、尻から地面に落ちる。


「まだまだですねぇ」


「強ぇ~~~」


 差し伸べられた手を取り、服に付いた砂を払う。


「まあ僕もこの世界に来て色々ありましたからね。自然とこうもなりますよ」


 藤四郎は続けた。

 今後相手が誰であれ、自分に殺意を持っている、または本気で誰かを傷つけようとしているのなら一切加減をするなと。


 守りたいのなら、生きたいのなら、余計なことを考えている場合ではないと。


「とは言え、この世界にも法はあります。なので僕が師匠に教わって、これまで何度も役立ってきたことを教えましょうか」


「?」


 藤四郎はおもむろに木刀を置き、アスターの前に立つ。


 そして手を伸ばし、アスターの目元、のど仏と指を滑らせた。


「と、藤四郎さん?」


 困惑するアスターに、藤四郎が呟く。


「人間も悪魔も魔獣でも、姿形が違おうが、構造は大体同じです。――要は潰してしまえばいいんですよ」


「つ、潰す……?」


「そう、急所をね。潰すのです」


「ヒェ……」

(やだ、この人結構エグい)


 一体、過去どんな体験をしたのか興味はあるが、聞いてはいけないような気がして、アスターはそれ以上何も聞けなかった。


 桜庭藤四郎という人物について、彼は認識を改めないといけないようだ。

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