第24話『黒犬達の円舞曲-⑦-』
「――さんっ、アスターさん!!」
「……う」
目を開けると
「良かった……無事でっ……良かっ――!」
「なん……痛っ――!」
泣きすがるステラに戸惑いつつ体を起こすと、全身に凄まじい痛みが走った。
(体が、バラバラになったみたいに痛ぇ!)
「あんなっ、あんな無茶するからです!」
「え? ていうか、いつの間にゴリさん倒れて……え?」
見ると、あれだけ荒れ狂っていたゴルボが後部座席の通路に伸びており、ステラに再び拘束されていた。
「お、覚えて……ないんですか?」
ステラは顔をぐちゃぐちゃにして、如何にアスターが無茶苦茶な事をしでかしたかを語る。
「え? 本当、何。どういうこと? 俺が大きくなって何だって?」
「後ろから手を伸ばしてこう、ぎゅうって! ぎゅうってしたんです!」
この要領を得ない、ステラのふわふわな説明を要約すると、術が完全に解けてしまったゴルボはまたステラ達を投げ飛ばそうとしていた。
けれどそこへ成人姿に戻ったアスターが飛び掛かり揉み合いになった。
彼は何度かゴルボに殴られるも、まるで痛みも恐怖も感じぬといった様子で勇敢に立ち向かい、背後を取ったかと思うと首元に腕を回しスリーパーホールドを掛けゴルボを落としてしまったのだ。
(全然覚えてねぇ~~~!)
「私をこっちに運んでくれたと思ったら、そのまま倒れちゃうし。また小さくなっていっちゃうし。私もうっ、ア、アスターさん死、死んじゃうかと、うぅ」
わっと涙を流すステラに、アスターはオロオロしっぱなしだ。
「と、ところで、このバス、どこ向かってるんだ? さっきからサイレンの音が凄いけど……」
「わ、わかりません。グズッ、ずっと誘導されているみたいなんですが、同じところをぐるぐる回ってる気がします」
二人は窓の外を見て驚く。
バスの四方を囲むように、八台ものパトカーが並走していたからだ。
「また曲がるみたいです」
車間距離をかなり開けて走っていた前方のパトカーがウィンカーを出す。
二人はただその光景を見守るしかなかった。
【セントラルパーク第六駐車場内】
現場に到着したメリッサ、クロエ、リドの三人は車を降りるなり、星室庁職員“ナインズ”のメンバーに出迎えられた。
「出た、イヤミ眼鏡」
目の前に立つ緑髪の男の顔を見て、露骨に顔に出すメリッサ。
これには理由がある。
「おんやぁ? 奇遇ですねぇ分室の皆さん。こんな所で仲良くお散歩ですかぁ?」
「はー? アンタの眼鏡もしかして伊達ぇ? これのどこが散歩に見えるってーのよ。いっそ目玉取り換えて貰ったら? 腐ってるわよ絶対に」
超絶仲が悪いのである。
「リ、リサっ。だだ駄目だよ、女の子がそんな顔しちゃ」
クロエに窘たしなめられるも、メリッサの口も表情も緩まない。
ぐっと眉間に力を入れ、殺気立った目線を男に向け続けている。
一方リドはその横に居たガタイの良い男に呼び止められていた。
「よう、ハーツイーズ、久しいな」
「お久しぶりです。ルドベック班長」
「いつもすまんな。ウチのユリオはあのお嬢ちゃんを見つけると、どうもああなって手が追えん」
「いつもの事ですから。それより――」
メリッサとユリオが、ガンの飛ばし合いをしているすぐ傍でリドは現状がどうなっているのかをルドベックに尋ねた。
「どうもこうも肩透かしで平和なもんさ。対象は既に鎮圧済み、二次感染者も無しで、正直お前さん達の出番があるかどうかわからんね」
「あ、あの、ルドベック班長。負傷者は……」
クロエがおずおずと手を上げる。
それにルドベックは怪我はしているが無事のようだとクロエに返した。
「そ、そう、ですか」
(良かった……無事なんだ……)
クロエはホッと胸を撫でおろし、リドも少しだけ表情を緩めた。
「ま、今日の所は出番が来るまで向こうの救護テントにでも回っといてくれや。眼鏡の嬢ちゃんはそういうのが得意だったろ?」
「え、あっ、はい!」
「んじゃ、そっちは頼んだわ――ってことで、ユリオ! いつまでじゃれあっとる。そろそろ持ち場に戻るぞ!」
「じゃ、じゃれ合ってなんかっ! 僕はこの民間人に如何にここに居る事がいかに場違いであるかと――ぐぇ!」
ユリオはルドベックに首根っこを掴まれ、そのまま引きずられていった。
「アイツの眼鏡、いつかカチ割ってやる」
「も〜、リサってば、眼鏡に罪は無いよぉ」
「いやいや、あれが本体でしょ絶対。アイツの底意地の悪さが染みついてるって、ヘドロみたいな色のフレームしてるんだよ? 趣味悪すぎ」
そんな会話をしながら、三人は救護テントを目指す。
「あれ? ねぇ、あれって」
受け入れ準備を進めている救命士の中に、何故かルドラの姿を見つけ、三人は駆け足で進んだ。
「ドクター!」
「あら、貴方達。どうしたの? 作戦前に怪我でもしちゃった?」
「いえ、出動待ちです」
「せ、先生は、どうしてこちらに?」
クロエのもっともな質問に、ルドラが答えようとしたその時。
けたたましいサイレン音を鳴らす複数のパトカーと共にバスが場内へと入ってきた。
けれど――。
「なんか……おかしくない?」
バスはパトカーを振り切り、猛スピードで駐車場内をジグザグに突き進む。
「わ、わわ! こっちに来る!」
「!」
その頃、バスの中では大変な事が起きていた――。
【バス車内】
無線機が使えないと、やり取りは拡声器越しに行われていた。
警察より避難場所と経路を指定された運転手はそれに従いハンドルを切る。
目的地も見え、もう少しだと安堵した瞬間。
「うわああああああああああ!!」
運転手の叫び声が車内に響いた。
「どうしたんでっ! きゃっ!」
「ステラ!」
車体が激しく左右に揺れ、バランスを崩したステラが投げ出されるように床に倒れ込む。
「ハンドルが! ブレーキも利かない!」
「えぇ!?」
(まさか! またライネック絡みか!?)
脳裏にヒナの母親の事故が過る。
バスは尚もスピードを上げ続け――。
「ひっ、ひぃいいいいい!」
(ぶつかる!!)
駐車場奥の救護テントに今にもバスが衝突するかと思われたその時、ステラがアスターを抱え、ポールを持ってサブらに叫ぶ。
「何かに掴まってください! 早く!」
「!」
ゴルボを除く全員が反応したその刹那。
凄まじい衝撃音がしたと同時にバスが上下に激しく揺れ、窓の外を大きな植物が猛スピードで覆っていった。
「??」
「な、なにが起こって……?」
一瞬にして薄暗くなった車内。
バスが今どんな状態にあるのか、アスターにはまるで理解が出来なかった。
「もう……大丈夫ですからね」
ステラがそう言ったのも束の間。
「ヒッ! くっ、来るな! 来るなよぉ!!」
バスの後方ではゴルボが意識を取り戻し、サブの前に立ちはだかっていた。
「そんな!」
「くそ! 次から次へと!」
サブに太く逞しい腕が振り上げられたその時。
耳をつんざく轟音と共に、黒い影が二つ、アスター達の目の前に降り立った。
天井に開いた大穴から、車内に陽の光が差し込む。
「あれは」
そこには右腕を赤黒い装甲で覆ったメリッサと、全身から凄まじい冷気を放つリドの姿があった。
「ゴァアアッ!?」
ゴルボの体が鈍い音を立てた。
まさに電光石火、ゴルボはメリッサに顔面が変形する程の強い一撃を喰らい、そのまま膝をつくと同時に羽交い締めにされてしまった。
リドが素早く腰から細身の剣を抜き、ゴルボのライネックをえぐるように小さく円を描く。
「すげぇ……」
少しの肉片と鮮血、そして取り出されたライネックが宙を舞う。
彼が見入ってしまう程、それは鮮やかな手つきであった。
ライネックは氷に包まれ、乾いた音と共に地面に転がり、そして――。
「制圧完了」
リドの淡々とした一言が、この騒動の終わりを告げた。
暴走したバスは巨大な植物に車体を吊るされ、氷の上を走らされているような状態になっていた。
「イダダダダダダダ!!」
「これはちょっと、折れてるかもねぇ」
車内から無事救出されたアスターは、救護テントにすぐさま運ばれルドラの応急処置を受けていた。
幸いにも処置が必要な程の怪我をしたのはアスターと胸をえぐられたゴルボの二人だけだ。
「ぐっ、ぐああ!」
「う、動かないで下さ、また垂れちゃう!」
「ふぐぁあああああ!!」
アスターとは少し離れた所でゴルボが悶絶している。
理由はクロエに毒々しい色の薬草汁を傷口に直接塗りこまれていたからだ。
それは薬効が高い分、傷口に相当染みる代物で、汁が垂れる度ゴルボは悲鳴を上げていた。
「うわぁ……」
その容赦無い処置の仕方に、アスター含むその場の救命士は震えた。
一方リドはというと……。
「流石ハーツイーズ。相変わらずの剣捌きだな!」
豪快に笑うルドベックに、これまた豪快に背中をバシバシ叩かれていた。
「アイツの所なんざスパッと辞めて、さっさとウチにこいよ」
「それはちょっと」
「ハハッ、まーたフラれちまったかぁ!」
リドはいつものように受け流し、ルドベックもあっさり諦める。
彼等はこうやってかち合う度に、このやり取りをしている。言わばルーティンみたいなものだった。そしてその横では……。
「まっ、待てよ! やったのはあの男だぞ! 俺は無関係だ!」
「黙れ
「ヒッ!」
往生際の悪いサブをユリオは一蹴し、冷たい眼差しを向けていた。
その後方から、メリッサが駆け寄り、ユリオにバインダーを手渡した。
「照合が終わったわ。やっぱりゴリラの人の言う通り全部例の盗品で間違いないそうよ」
「……やはりな」
「だっ、だから俺はアイツに巻き込まれただけだって!」
二人がサブを睨みつける。
「ふーん。あぁ、そう」
「嘘偽り無いだろうなぁ?」
メリッサの肘から下が、バスの天井をぶち破った時と同じように、赤黒い装甲で覆われ、拳が一回り大きくなった。
ライネックに寄生され、暴走していたゴルボをいともたやすく組み敷いた女だ。
よほど恐ろしかったのかサブは短い悲鳴を上げ、そのまま罪を認めると、大人しく連行されていった。
「アスターさん。大丈夫ではないですよね」
「お前こそ平気か?」
「私はこの通り、元気元気です!」
腕を振って精一杯アピールするステラに、アスターはほっと胸を撫で下ろす。
「あのさ、アイツ等……リド達って、一体何者なんだ?」
尋常じゃない身のこなしと対応力の高さを見て、アスターは純粋に疑問に思ったことを訊く。
「リド達は……魔道士協会危機管理部ライネック特別対策課に所属する国家魔道士、つまり、正義の味方、みたいな感じでしょうか」
それを聞いた途端、アスターは彼等の背中が大きく、そして遠い存在のように思えた。
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