第21話『黒犬達の円舞曲-④-』
その後、必死に笑いを堪えているスターチスと笑いすぎて酸欠状態になったルドラ、それと不安げな顔をしたステラが談話室へ戻ってきた。
「あら結構イケてるじゃない。普通にタイプかも〜〜」
「ひぇっ」
アスターは知りたくなかった他人の性癖と残酷に浴びせられた自分への好意に怯えた。
「……チッ」
「痛っ!」
いつの間にか戻っていたメリッサに舌打ち混じりに何かを投げつけられた。
見ると、それはまだ透明なビニールに入っている新品のボクサーパンツと赤いラインの入った黒い上下のジャージ服一式だった。
「着替えさせるから女子諸君はちょっと席を外してあげてね」
「私は居てもいいって事でいいかしら?」
「ん~、心が乙女なら外かな~」
「っ……残念だわ!」
三十秒で着替えろというキレ顔のメリッサの命令で、アスターは焦りながらもパンツに足を通す。
その後方からスターチスが時折笑いを含みながら、今回の件について言及した。
「状況を聞く限り、仕方がない事だとは思うけどね。一応私の大切な部下だし、年頃の女の子だから、ああいうのは本当に気を付けてあげて。あの子はああ見えて純粋で、とても真っ直ぐな子だからね」
(……純情? 真っすぐ……?)
自身の知っているソレとメリッサは対極の位置にあるのではないかと頭の隅で思うアスターであったが、そこは素直にハイと従った。
「本当、すんませんでしたっ!」
着替えも終わり、今もまだキレ顔のメリッサにアスターは侘びをいれる。
「本人に悪気はないから、許してあげて」
「わ、分かってるけど……」
ただ二度とあんな粗末なものを見せるなとメリッサはアスターに釘を指す。
(粗末)
「見たのか?」
「はっはぁ!? べっ別に、見ちゃいないわよ! 視界の端にちょっと、って何言わせんのよ! 馬鹿じゃないの!?」
お互い色々な感情が混じって複雑である。
そんな何とも言えない状態の彼にルドラが携えていた検査キットを取り出し、その場で数値を測るからと、彼にそれを咥えるように促した。
「すーぐ終わるからねぇ」
その言葉通り、ピピっという電子音がすぐに鳴った。
「あら、やっぱり」
「?」
引っこ抜かれた検査キットは、体内の魔力数値を測るためのものであった。
「ステラちゃんから聞いてると思うけど、今の貴方の体は極度の魔力欠乏状態にあるのよ。それで体が勝手に生命力を魔力に変えちゃって、体が小っちゃくなっちゃてるかもしれないのね。だから貴方にはこれから自分の魔力をコントロールしてもらわなくちゃならないの」
「コントロールも何も、俺魔法とか魔術とか使えないし……魔力がどうのと言われても」
困惑するアスターに、今度はステラが言葉を発する。
「私は人の魔力というものが“見える”タイプなのですが、アスターさんは私と出合ったときから既に魔力を持っていましたよ。それも私と同じ、少し珍しいタイプの魔力を持っていて……だから私はあの時、貴方に魔力を渡したんです」
系統の違う者に魔力供給をしてしまっているなら今頃アスターは無事で済んでいないとステラは続ける。
「え、でも……」
けれどアスターはやはり腑に落ちない。
彼は生まれてこの方、“そういった力”を使った試しも、
「まぁとにかく、そっちの姿を保つには力の制御を覚えて貰わないと駄目なわけね。ただこの飴はまだ試作品だし、貴方達の魔力の型だと、こんな飴じゃ全てをカバーすることは出来ないの」
だから暫くはステラから魔力供給を小分けで受け、様子を見てほしいとルドラは続けた。
「あ」
彼の体はまた少年の姿に戻ってしまった。
ただ服がずり落ちる事はもう無い。
彼が先ほど投げつけられた服一式は、妖精が紡いだ特殊な繊維と加工技術で作られたもので、ある程度体に合わせて伸び縮みするものだからだ。
「二十分」
リドが腕時計を見ながら呟いた。
けれど飴は殆どミルクと一緒に吐いているため一粒でどの程度持つのかまだ時間は割り出せない。
また日を改めて実験してみればいいとルドラは言う。
「何か……めっちゃ疲れたし腹減った……」
「まともにご飯食べてないですからね」
「ミルクならすぐ作れるよ」
スターチスが哺乳瓶片手に微笑む。
それにアスターは「是非噛めるものにして頂きたい」とハッキリキッパリ拒絶した。
【魔道士協会:従業員食堂】
その後アスターとステラは協会の中にある従業員食堂へやってきていた。
「旗たてられた……」
アスターの目の前には小さな手でも握りやすい平たいグリップのフォークに、ランチプレートに盛られたお子様ランチが並んでいた。
見た目が完全な子どもである為、仕方がないことだと分かっていても、彼の心中は複雑である。
「あ、このパン美味い」
十字模様の入った甘いパンを口に含み、つい笑みがこぼれる。
「柔らかいパンがお好きなんですか?」
「んー。というか、ただ甘党なだけかも」
「あら、そうだったんですね」
たわいない話に花を咲かせていた時。
《本日未明――》
食堂の隅にある、壁掛けテレビの存在に気が付いた。
アスターは行儀が悪いと分かっていながら映し出された映像を食べながら目で追った。
ある宝石店が何者かに襲撃されたという事件が報じられていた。
店員や近隣住人がインタビューに応え、街の様子が流れた時、アスターが「あ」と小さく声を上げる。
「ここって」
「あの森近くの街ですね」
「だよな。なんか見覚えあると思ったよ」
事件現場は偶然にも彼らが泊まったホテルのある街だった。
「物騒だなぁ」
「ですねぇ」
豆のスープを啜りながら、彼はふと思う。
(魔道士や魔術師が犯罪を犯したら、捕まえるのは普通の警察なんだろうか?)
けれどそんな質問が出来る筈もなく、彼はその疑問を豆と一緒に飲み込んだ。
そうこうしている内に食堂は賑わっていく。
「魔道士協会って結局何してる所なんだ?」
「えーと、そうですねぇ。魔道士や魔術師の育成がメインなんですが、色んな免許を発行したり仕事を斡旋したり……あと、異種族の方の住民登録や予防接種、それと――」
「色々やってるんだな」
「ええ、手広くやっています」
結局、魔道士協会とは何なのか、彼の中で疑問が増えるだけだった。
***
この国の定期バスは二種類ある。
一つは一般的な二階建てバス。
そしてもう一つは体の大きな者達が難なく乗れるよう通路や座席が特殊改造されたユニバーサルデザインの特殊車体である。
このデザインの定期バスは一時間に一本間隔で出ていて異種族達にはとても人気があった。
「はぁ、どっこいしょ」
通院の為に日常的にバスに乗る猫又族の老婆はいつものように最前列のシートに座る。
その後方では人間の親子が窓から見える景色を楽しんでいた。
他にも多数の乗客が居る中で、訳ありの異種族二人も乗り合わせている。
「なぁサブの兄貴ぃ。ホントに大丈夫なのかよぉ」
ストリート系ファッションに身を包むも、顔も体もゴリラ丸出しな大男は、座席に収まりきらない自身の大きな背中を丸め、横に座る猿顔の男、サブに向かって情けない声を出す。
それにサブは、彫りの深い顔を顰め、大丈夫だと小声で答えた。
「ゴルボよぉ、おめぇいい加減腹くくれって。ほんと、デケェのは図体だけな」
「でもよぉ、やっぱよぉ」
尚も続く不安げな言葉に、サブは次第に苛立ち、小声ながらも声を荒げた。
「ゴチャゴチャ、ゴチャゴチャうるっせぇなぁ! おめぇは言われた通りに“ブツ”を運んでりゃ、それでいいんだよ! それ以上余計な口叩いてみろ、おめぇの取り分無しにすっからな!」
「わ、分かったよぉ。……ちゃんとやりきるから、それだけは勘弁してくれよぉ」
「チッ、わーったならもう喋んな」
ゴルボはバツが悪そうに俯いた。
けれども、やはり不安は大波のごとく押し寄せる。
極度の緊張状態で心臓は激しく脈打ち、腹の中もずっと、今も何かが込み上げてくるのではないかと思うほど気持ちが悪い。
額から出る汗は滝のように吹き出し、シートもぐっしょり濡れている。
ゴルボは少しでもこの不安感を紛らわそうと窓の外を見る事にした。
バスの車窓から見える光景は、セントラルに向かう道すがらの、まだまだ自然豊かで、のどかな田園風景が続いている。
(母ちゃん……)
その光景を見て、彼は故郷に思いを馳せる。
(もう少し……もう少しの辛抱だ……)
危ない橋を渡っている自覚はある。
でもやはり覚悟はまだできていない。
しかし彼に残された道はもうすでになく、この仕事が終わったら故郷に帰れる、ただそれだけの希望を胸に、ゴルボはひたすら耐え目的地をめざすほかなかった。
けれど……この時、彼等を含む乗客の誰一人として予想だにしていなかった。
このバスが、走る鉄の柩となる事を――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます