第14話『ともだちができました-②-』

「俺様だって願い下げだし!」


「えー、何なんだよもう……」


「~~とにかく話を聞いてくれ!」


 不真面目の塊であるミスターが封を切ったように話し始める。


 曰く置き去りにされたミスターはその日中に公共機関を乗り継いでこの街まで戻ってきていた。


 そして今の今までヒナという少女の家にいたという。


 ヒナはこの住宅街の一等地に建つ大きな屋敷に住み偶然にも今日九歳の誕生日を迎える。


 そんなヒナとミスターはふとした事がきっかけで出会い、随分前から友達の居ないヒナの遊び相手になっていたらしいのだが……。


「ちょっと前によぉ、ヒナのオカンが死んじまってんだよなぁ」


(いきなり重い)


 ただ当の本人はそれを知らず何処か遠い所で療養をしているのだと聞かされ、今も母親の帰りを待っているというのだ。


「……アイツの父親おやじも兄貴もよぉ、ヒナより仕事が大事みてぇでよぉ。誕生日なのにメイドのババアと二人でケーキ食べて終わりだなんてヒデェ話ってもんだろぉ? それで俺様今日だけでもいいからヒナの友達になってくれそうな奴を探してきてくれないかってババアに頼まれてよぉ」


 今までのミスターからは到底想像できない程真剣にそして焦燥した姿にアスターは少しくるものがあった。


「そういう事情なら……まあ別にいいけど」


「ほんとか!?」


「な、シオン」


「えっ?」


 自分一人が幼女と友達になっては色々まずい。もし元の姿に戻ればその子はまた友達を失う事になるとアスターは耳打ちするがシオンは渋い顔だ。


「自分は鬼人きじんですので」


「見た目も性格も人間と変わんないじゃん。それにお前に友達が出来たら、藤四郎さんも喜ぶぞ~」


「うっ」


 その言葉に揺らいだように見えた。


(いい機会ちゃ機会だよな。藤四郎さんはシオンにもっと自由になって欲しいと思うし)


「じゃ、まず俺が友達第一号って事で、はい、よろしく」


「はい、え?」


 アスターは手を前に出しシオンと無理やり握手を交わす。それにシオンは戸惑い慌てる。


「とりあえず俺の事はアスターって呼んでよ。友達に上下関係は必要ないし、シオンが呼ばないなら俺もシオン様って呼ぶぞ」


「えっ!」


「さぁさぁ」


「クソガキ様でもいいぞ」


「おう、いい根性してんな両生類」


「おぉん?」


「ちょ、ちょっとお二人共……」


 途中茶々は入ったが、シオンの性格的にはすぐには無理だろう。あまり苛めてしまってはかわいそうだと判断し、アスターはさん付けでもいいからゆっくりでと笑いかけた。

 

「友達付き合いというか、人付き合いの何から何まで分からないのですが」


「いいんじゃないかな適当で」


「そう、なのでしょうか?」


「適当適当、適当に会って適当に話して、あーなんかコイツと居ると楽しいな~って思えたらもう友達だよ」


 なんてやり取りをしながら屋敷へ向かう。

 駅と反対側にある緩い勾配を上へ進むと、目的地はすぐに見えてくる。


 どこまでも続く林をバックに青々とした芝生と玄関前の大きな噴水が特徴的のかなり大きな屋敷だった。


「ガキ共はここで待ってな。俺様がヒナを呼んできてやっからよ」


 そう言ってミスターは正門の鉄柵をすり抜けピョンピョン跳ねていく。


「にしてもデカイ家だな」 


「この辺りでは一番大きいみたいですね」


 二人で屋敷を眺めているとシオンが視界の端で何かを捉える。


「どうした?」


「いえ……」


 首を傾げたシオンが気になりアスターもその方向へ視線を移す。


 少し離れた場所に逆だった茶色の短髪に生意気そうなツリ目の短パン少年が立っているのが見えた。


「近所の子かな?」


「ですかね?」


 声を掛ける事もせず二人で見つめていると少年は視線に気付いたのかバツの悪そうな顔で慌てて去って行った。


「何だったんだろ?」


「さぁ」


「うぉーい」


 そうこうしている内にミスターが戻る。

 その後ろには小さなスミレの花のように愛らしい、おかっぱ頭の白いワンピースを着た幼女を連れていた。


「ど……どちらさま、ですか?」


 恐る恐る口にするその言葉は青い瞳と共に震えていた。


(怖がらせないように明るく……)

「ヒナちゃんだよね。俺はアスター、こっちはシオン。君と友達になりたくて来たんだ」


 と自然に声をかけたつもりのアスターだがそのセリフは不審者のソレである。


 当の本人もいきなりの事に驚き肩をビクつかせたと思うと何も言わずに逃げてしまった。


「えぇ……」


「アスター様、駄目です。それは駄目です。もっと人見知りの気持ちに寄り添って下さい」


「お前何してくれてんだよ……」


「他に何て言えっていうんだよ⁉」


 外に出てきたと言う事はミスターから話を聞いたんだと思うじゃないかと反論すると、ミスターはただ門の前に人がいる。何か用があるんじゃないか? と連れ出しただけだと言う。


「何で話してねぇんだよ!」


「順序ってもんがあるだろうがよぉ!」


「そうです。いきなり過ぎるのはよくありません。距離感は大事ですよ」


「えぇ……」


 フルボッコであった。

 どうすれば良かったんだとアスターが頭を抱えているとシオンが肩を叩く。


「何だよ……もう俺の心はズタボロよ……」


「そうではなく。どうやら杞憂きゆうのようです」


「へ?」


 シオンが指さす方向を見ると、屋敷の中央に位置する大きな玄関扉の隙間からヒナが控えめに手招きしていた。


「入ってこいって事かな?」


「そのようで」


 一行は招かれざる客にならず済んだようだ。




***


「まぁまぁ! お嬢様がお友達をお呼びになるなんて、ばあやは嬉しくて嬉しくて天にも昇る気持ちですよ」


 そう笑い話すのはロマンスグレーの髪と金のラウンドフレームの眼鏡が良く似合うこの屋敷のメイド長グレタ・マイヤーである。


「ババアは今日も元気だな!」


「うわー!! スッ、スミマセン、スミマセン! よく言ってきかせますので!」


「ホホホホホッ!」


 慌ててミスターの口を押さえるがグレタは品良く笑い飛ばすだけで怒りはしない。


 目尻のシワや老いても柔らかく気品ある声は落ち着きがありアスターは心地が良い人だと思った。


「どうぞどうぞ、ごゆっくりなさってくださいね。ホホホホホッ」 


 グレタは紅茶や焼き菓子を部屋に運び入れるとそのまま部屋を出て行った。


「はぁ」


 アスターは改めて辺りを見渡す。

 高い天井に花の刺繍が施された赤い絨毯じゅうたんそして天蓋てんがい付きのベッド。


 子ども部屋にしてはなかなか立派な部屋である。


「い……いっぱい食べて、ね?」


「あ、うん。いただきます」

(何話せばいいんだ。距離感、距離感……)


 とりあえず出されたクッキーを噛じりながらアスターは当たり障りのない会話から入る事にした。


「いつもは何して遊んでるんだ?」


「えと。ご本よんだり、お花みたり……」


(地味だな……)

「えーじゃあ、今は何して遊びたい?」


「おままごと!」


(おままごと!?)


 男二人、カエル一匹を迎えておままごとをチョイスするとは中々クールな発想の持ち主だとアスターは度肝を抜かれた。


「おままごととは一体どのように……?」


「俺に聞くなよ……」


「ですよね……」


 戸惑う男共の心情なんて露知らず、ヒナとミスターは手慣れた様子でおもちゃの食器を広げていく。


(こいつ等やる気だ!)


「ヒナがママで、パパはミーくんね」


「おう! まかせろ!」


「!!?」


 その後アスターは生まれたばかりの赤子、シオンは姉役となった。

 

(いやいやいやいや、明らかに人選ミスってるだろこれ……どうすんだよ、何すりゃいいんだよ意味わかんねぇよ……)


(……ここが地獄か)


 空の哺乳瓶を持たされ、よだれ掛けをつけられたアスターと髪を二つ結びにしばられ紅をさされたシオンは今から何をさせられるのかと戦々恐々である。


「ん?」


 さて始めようかとなった時、砂利を蹴るような小さな音が外から聞こえアスターは窓の外を見た。


「ばあやさんだ」


 グレタが正門に向かって歩いていた。

 それを聞きヒナはきっと買い物に行くのではないかと口にする。


「いつもこの時間にいくの」


「ふーん。……ん?」


 グレタが道へ出るまで何となく外を見ていたアスター。ふと見るとまたあの少年が柵の前にいる事に気が付いた。


 それも物陰に隠れるようにまるでグレタが屋敷を出るのを見計らっているかのようだ。


「あの子だ」


「ですね」


「あー、あのガキなぁ」


 アスターとシオンにミスターが混ざる。

 少年はひと月程前から一日一回、雨が降ろうと風が強かろうと必ず現れるという。


 しかし話しかけようにも屋敷を出た途端姿を消し、その目的は分からないというのだ。


「ちょっくら訊いてみるか」


「え?」


「っということでシオン後は頼む。俺はあの子に会ってくるから」


「おっ、お待ちください!? この場を自分一人でですか!? なんとご無体な!」


「すまん!」


 慌てるシオンに合掌しアスターは部屋を後にした。


(頑張れシオン! これもお前のためなんだ!)


 しかし本心は逃げれてラッキー♪である。

 

「えーと……」


 屋敷の長い廊下を走りながら考えていた。

 あの少年は正面から監視でもするかのように屋敷を見ている。


(一旦裏から出れる所探して後ろからいきゃ大丈夫かな)


「お、あったあった」


 裏口はすんなり見つかった。そこから林を抜け正面に回る。


「よし」


 少年はまだアスターに気が付いていない。

 足音を立てないようゆっくり距離を詰めていき――。


「あの家に何の用だ?」


「!?」


 背後から少年の肩に手を置いた。

 それに少年は驚き腰を抜かす。


 しかし体勢をすぐに整えたかと思うと、そのまま逃げてしまった。 


「あっ待て!」


 突然始まる鬼ごっこ。

 アスターは迷うこと無く後を追うことにした。

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