第5話『ああ無情-⑤-』
二人は目的地へ赴く前に早めの昼食を取る事にした。
曇天の空の下、アスターは味の薄いサンドイッチを囓りながら、先程からずっと気になっていた事をステラに尋ねてみることにした。
「魔道士と魔術師の違いですか?」
「この世界ではどう違うのかなって」
「なるほど、そういう事でしたら。えーでは魔道士とは自然界のありとあらゆる――」
「ちょ、ちょっと待って」
(これ多分長くなるやつだ)
アスターは直感的にそう思い、出来れば分かりやすく簡単に説明して欲しいとお願いした。
「簡単に……」
ステラは唸り、考え込んでしまった。
そして暫くして考えがまとまったのか、表情をパッと明るくして言い放つ。
「体質の違いですね!」
「そうきたかぁ」
確かに簡単にとは言ったがそれはちょっと簡単すぎやしないか? という気持ちがもろにアスターの顔には出ていた。
それにステラは少し焦り、言い直す。
「簡単に言ってしまいますと、魔術師は魔具という道具を媒体に呪文や術式を使い、術を発動させます。でも魔道士はそれら一切を必要とせず魔法を展開できる。つまり魔道士は自身が魔具みたいなものなんです」
「そういう感じのやつか」
「あ、今の説明ならわかるんですね?」
「なんとなくね。元居た世界にも似たような設定の奴は結構あったから」
「設定?」
首を傾げるステラにアスターはこっちの話だと言いつつ、ふと浮かんだ疑問を彼女に投げ返す。
「でもお前魔道士だったよな?」
今まで彼が見てきたステラはどう見ても魔術を使っていた。
魔術を使っているのなら魔術師では無いのだろうかと、普通に考えればそう思うのが当前だ。
「色々ありまして……。でもでも私みたいな魔道士は結構いるんですよ。最近は昔に比べ魔具の質も加工技術も上がりましたから、便利。そう! 便利なんですよ魔術って!」
「そ、そうか」
話を振った時彼女の表情が一瞬曇ったのがアスターは気になっていた。
これ以上訊くべきではないかもしれない、そう思いこの話題を切り上げる。
「お茶冷めちまったな。そろそろ出よう。風も冷たくなってきたし」
「そ、そうですね。行きましょうか」
二人はカフェを出て、目的地へと足を進めた。
件の店は協会のすぐ近くにあった。
カフェのある表通りを少し進み、信号を二つ渡った所で彼女が指さす。
「あれがシロウさんのお店です」
「凄いレトロな店だな」
所々剥がれた外壁に蔓植物が伸びている。
店のドア付近に吊るされた鉄製の看板にはブドウのような模様と筆記体でglycineと刻まれていた。
「ぐり……?」
「グリシーヌ。イリス語で“藤”という意味です」
「へー」
そんな会話をしながら扉を開けると、ドアベルが軽快に鳴り響いた。
窓にディスプレイされた沢山のサンキャッチャーが虹色の光を放っている。
(おぉ……)
中は異国情緒溢れる雑貨で溢れていた。
吹き抜けの天井にぶら下がる花が咲いたようなデザインのシャンデリアと、壁一面の巨大な本棚に圧倒される。
手の届く範囲に並べられた日用品。
小物の品揃えは女性向けかと思いきや、人の子程ありそうな鉱石や加工された水晶、無骨な杖やホウキ等いかにもな物も置いてありアスターのテンションは爆上げだ。
「シロウさんこんにちは」
「これはこれは珍しい。今日は彼氏さん連れでお探し物ですか?」
(この世界では男を連れていればこう言われるのだろうか?)
ドアベルを聞きつけた店主が奥から現れ、笑顔で二人を出迎える。
ただ笑顔と言っても顔が全て出ているわけでは無い。
クセの強いボサボサの黒髪は店主の目元を完全に隠し鼻先と口元しか見えていない状態だった。
(接客業的に問題ないのだろうか……)
まるで書生のようなその出で立ちも気になるアスターだったが、前髪の長さが気になり過ぎてそれどころでは無かった。
「こちらアスターさん。異界の方なんですよ」
「なんと!」
異界人と聞いた途端、店主は両手を広げ喜んだ。
「ようこそ異世界へ! 僕は
出された手に躊躇しながら握手を交わす。
意外とフレンドリーな人物だった。
「こ、こちらこそよろしくお願いします?」
藤四郎は興奮冷めやらぬといった感じで、店の奥に向かってシオンと叫ぶ。
すると今度は水兵のような恰好をした少年が姿を現した。
「お呼びですか?
まるで主従関係があるかのように、藤四郎の事を主と呼ぶ少年。
二人はどういう関係なのだろうかとアスターは少し、いやかなり気になった。
「僕はこのシオンと共に、この世界に飛ばされたんですよ。と言っても飛ばされた先は隣の国のイリスなんですがね」
「……」
シオンはペコリと会釈する。
外ハネの薄紫色の髪がふわりと揺れる。
髪の色はさておき、こういう所は実に日本人らしいとアスターは思った。
どうやらシオンという少年は藤四郎とは真逆であまり喋るタイプでは無いようだ。
「さてと」
ある程度挨拶も終えたところで、これから大変だろうと背格好も似ている自分の服でよければ袖を通していない服が数点あるのでどうかと藤四郎は提案した。
「いいんですか!?」
「ご覧の通り僕はこういった格好の方が好きなので洋装はあまりしないんですよ。でも頼みもしないのに実家からよく服が送られてきて……正直持て余してしまって……」
「実家?」
「あぁ、この世界に来た時から世話になっている人達で親同然の人達なんですよ」
「なるほど」
「ただちょっと変な柄が多いと言いますか……。まぁ寝間着代わりにでも使って頂ければと……余計なお世話でしたか?」
「余計だなんてそんな! むしろ有難いっていうかホントに助かります!」
「ではお持ちしますね」
まとめてくるので待っていてくれと藤四郎は奥へ引っ込んでいった。
階段を上がる軽快な音が店に響く。
アスターが何となくその方向を眺めているとステラがシオンに声を掛けた。
「扱いやすい……属性付きの魔具を見せてもらってもいいですか?」
「属性付きですか?」
「アスターさんの練習用で使いたいんです」
「かしこまりました」
黒いスエード調のトレーの上にタグ付きの商品が次々並べられていく。
火属性のピアス、水属性のネックレス、小さな緑色の石があしらわれた指輪は風属性等々、シオンの解説が無ければまるで宝石店で接客されているかのような光景だった。
「杖は無いんだな」
どうせ使うのなら杖を振り回してみたい。
だってそのほうがファンタジーって感じがしてカッコイイ、とまでは口に出さないアスターだが顔には出ていた。
「中級免許を取れば杖型の魔具も振れるようになりますよ」
「へー」
そもそも体質がアウトであればそれすら叶わないがテンションの上がり切った彼は忘れていた。
どれにしようかという話になり、最初は扱いやすい風か水はどうかとステラは打診する。
「火は駄目なのか?」
「家を燃やさなければ大丈夫ですよ」
「やめときまあす」
その一言で全てを察し悩んだ結果、青い石のついた水属性のネックレスを選んだ。
「着けていかれますか?」
「いいかなぁ。ちょっと怖いし」
「ではお包みしますね」
「手間とらせてごめんなあ」
梱包される様を見ながら彼はシオンに元の世界に帰れる方法を尋ねた。
それにシオンは静かに首を振る。
「知ってたら今頃ここには居ないよな」
「ですが……」
シオンはポツリポツリと言葉を紡ぐ。
「自分と主様はこちらに来てもう十数年になりますが、主様は毎日楽しそうに暮らしています。だから自分はこちらにこれて良かったと思っています。帰りたくないというのは嘘になりますが……自分はここで主様と共に在りたいです」
「そっか……」
(そういう生き方もあるだろう)
人それぞれで自分如きがとやかく言う事では無いとアスターはそれ以上深くは聞かない事にした。
「そうだ。トウシロウさんの名前って、漢字だとどう書くんだ?」
「……藤です。花の藤。それに漢数字の四と――」
「なるほど。店の名前はそこからか」
言い終わる前にアスターは自己解決した。
シオンもそれに軽く頷き、梱包の終わった商品を差し出す。
「おいくらですか?」
「俺割引券貰ったんだけど、これって使えるかな?」
ステラが財布を出すタイミングでアスターは貰った割引券を取り出した。
切られた値札をシオンがひっくり返し、値段をレジに打ち込んでいると――。
「差し上げますよ」
「え?」
藤四郎が大きな紙袋を三つ携え戻ってきていた。二人のやり取りを聞いていたようだ。
「これから色々物入りでしょうし、ステラさんにはご贔屓にしてもらっているので」
「いいんですか!?」
「なんでしたらこちらも」
迷っていた風属性の指輪までくれるとも言い出した。
「ああっ、ありがとうございます!」
「良かったですねぇ」
「ほんとになあ!」
(この人、めっちゃいい人だなあ)
こうしてアスターは魔具を手に入れたのであった。
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