第4話 幼馴染み攻略ルートなのかもしれない

 窓から柔らかい風が吹いて、外を見ると桜はもう完全に散り、葉を茂らせていた。もうすぐ五月になるという頃合いの、いつも通りのお昼休み。

 私たちのクラスに、親友が遊びに来た。


「とーもこ、やっほー!」

「やほやほー、美夏! どうしたの」


 他クラスだけど平気で入ってきて、私の隣の席に座る。明るい元気さに吹き飛ばされそうだ。


「ねね、ゴールデンウィーク遊ばない? ネズミーランド行こ」

「行きたい! 今イースターしてるし」

「そそ。可愛い双子コーデ見つけたんだよね」


 見せてもらったスマホの画面には、可愛い黒のミニスカ双子コーデの画像が映っていた。可愛い、やりたい、クールな美夏を見たい。

 二人できゃっきゃっと盛り上がっていたら、ふらふらと陽キャがやってきた。


「なにー、ネズミー? 俺も行きてぇー。誘ってくんね?」

「秀斗も? 友子がいいって言ったらいいよ」

「友子ちゃん俺と一緒に行こ!」


 木瀬が、一緒にネズミーに? いやいや、あり得ないでしょ。だってこの人、ゲームのキャラだし、避けないといけない人だし。

 どう断るか悩む、その前につんと服を引っ張られた。にっこりした森岡が、


「友子、僕も誘ってよ」


 と言ってきた。

 木瀬も森岡も乙女ゲームのキャラクターなのに、これじゃ避けられない!

 むむむ。ならばいっそのこと、


「じゃ、じゃあみんなで行こ!」

「やった! 友子ちゃんやっさしー」

「森岡はネズミー初? 絶叫いける?」

「どうかな。友子と昔行った遊園地のは乗れたよ」

「いけんなら連れ回そうぜ!」

 

 わっと湧く三人を見て、私は驚いていた。森岡はこういう、大人数で遊ぶことにあんまり行かないタイプだったから、森岡のほうから行きたいと言うなんて。


 予鈴が鳴り、外に出ていた生徒たちが教室内に入ってきたため、一気に教室が騒がしくなる。

 急いでスマホのトークアプリでフレンドになる美夏と森岡を見て、以前に感じた変な気持ちがして、手で胸を押さえる。

 森岡、私以外の女子と積極的に交流するタイプじゃなかったのになぁ。


「なあ、湊と海堂さんも行きたいってよー」

「じゃあ、行くメンツでグル作っとくね!」

「おう、よろ!」


 国語の先生と入れ替わるように隣の教室に戻っていく美夏の後ろ姿を見送る。

 森岡と美夏がフレンドになっても私に何の影響もない。むしろ、良いことなのに。なんでだろ。




 日にちは巡りに巡って、ネズミーランドにやって来る日になった。

 ゲームのキャラと接触しないつもりだったのに、気付けばヒロイン海堂さんに、私の幼馴染み森岡、陽キャ木瀬、優男高山に、悪役疑惑の私、という六分の五がゲーム関係者というメンバーに。

 どうしてこうなった。


 やけになった私は、勢い余って美夏と海堂さんで三つ子コーデをしてやった。

 めっかわ美少女海堂さんと、スラッと美人系の美夏のコーデは似合っていて、すごく良かった。

 私が隣に並んだら私の酷さが露見してしまうけれど、記念撮影が止まらない! 二人とも可愛いから仕方ないのだ。


 集合場所でゲームのキャラたちを見て、私は今日を諦めることにした。半数以上がゲームキャラだから、避けるなんて不可能。

 もう今日は、みんなで楽しむしかないのだ。


「女子たちお揃いだ。清水さんが決めたの? センスあるね」

「でっしょ〜! 湊、もっと褒めていいよ」

「俺らもそういうの、してこればよかった説ある?」

「き、木瀬くんの私服も似合ってると思うよっ!」


 男子たちは私服もバッチリ決まってみんなカッコよかった。美夏も海堂さんもオシャレな上美男美女シナジーが働いていて、本当にすごいことになっていた。さすが乙女ゲームの人間たち。

 興奮の余り、私は隣の森岡の肩を叩いた。


「森岡、森岡っ」

「うん? 友子もすごく似合ってるよ」

「ありがとう! それよか、やばいね、森岡」

「何がやばいの?」

「みんなめちゃくちゃカッコいいね!」

「僕は?」

「森岡は可愛い!」

「そう」


 森岡は流行りの緩い系ファッションで可愛く仕上がっていた。木瀬と高山がバチイケファッションなので、相対的に緩い系ファッションがますます可愛く見える。

 可愛い可愛いと繰り返し褒めたら、森岡は満更でもない顔でにこっと笑った。あざと可愛いやつめ。



 偶然にも男女比率が同じなので、じゃんけんで同じになった人と、ペアの被り物をすることになった。私と木瀬でアヒル、美夏と高山でリス、森岡は海堂さんと主役のネズミだ。

 私はアヒルがあんまり好きじゃなかったけど、ずっと見てたら可愛く見えてきた。アヒル口が森岡みたいだ。

 不思議と帽子のペア同士が並んで歩く。


「友子ちゃんはネズミー博士?」

「美夏とそこそこ来てるから、普通の人よりは博士かも」

「へえ。じゃあ、ネズミー博士な友子ちゃんのおすすめの食べ物は?」

「はちみつポップコーン!」

「いいねぇ、買いに行こうぜ!」


 はちみつポップコーンのワゴンカーは大きな広場の近くにある。側には人気アトラクションもあるから、人で溢れている。

 木瀬とノリノリはしゃいで買いに行っていたら、前後を歩く森岡や美夏がいなくなっていた。数分並んで買ったポップコーンをもしゃりつつ、きょろきょろと見回す。

 スマホを確認した木瀬が「お」と言った。


「メッセ来てたわ。湊からヘルプって。見てこれ、ウケる!」

「あは、高山くん絶叫苦手なの? ドンマイすぎる」


 見せてもらったスマホに映る、今日のメンバーのグループトーク。

 大人気ジェットコースターの列に並ばされて不安そうな顔の高山を写すように撮っている美夏の自撮りが送られ、そのあとに、高山の『誰でもいいから代わって助けて』という情けないメッセージがきていた。

 面白い。あの優男、意外や意外絶叫が苦手だったのか。


 けれど、その写真には森岡と海堂さんが写っていない。

 ということは、あの二人も、二人きりということ。


「ねね、森岡と海堂さんはどこなんだろ」

「わかんね。ま、大丈夫じゃねーの。俺らもなんかアトラク乗らね? 乗りたいのある?」


 よりにもよって、森岡と海堂さんが二人きり。私の胸に、もやっとした気持ちが生まれた。

 でも、せっかくのネズミーランドだから楽しみたい。そのうち合流できるはず、合流するまでは海堂さんの恋路も邪魔しなくて済む、と自分に言い聞かせて、木瀬が広げた地図を指差す。


「おすすめはね、スプラマウンテン!」




 みんな大好きゴールデンウィークの後は、そう、みんな大嫌いの中間テストが待ち受けている。

 気分上昇からの急降下。最低最悪のとんでもないジェットコースターだ。


「友子、ちゃんとやってる?」

「ぜんぜんわかんなーい」

「そこ、それじゃなくてこっちの公式当てはめるんだよ」

「……なるほどー?」


 私は森岡と放課後の教室の居残り勉強会を開催した。というか、させられた。

 それぞれのおうちだと遊んでしまうので、学校に残って勉強させられているのだ。この、鬼幼馴染みめ。


 じんわり暑くなってくるこの時期の休暇明けに、勉強なんてやってられない。気だるい身体で数式を書いていく。

 むむ。教科書が反旗を翻してきた。さっきまで見ていたページがどこかにいった。ぺらぺらめくってさっきのページを探す。うーんうーん、こういうのが面倒だから勉強は好きじゃない。

 ぐったりやる気なくめくる中で、ふと目に入った文字があった。それは√。……ルート?



 不意にガラッと教室のドアが開く。海堂さんがひょこっと入ってきた。


「あれ、森岡くん、水崎さんもまだ残ってたの?」

「勉強してたんだ。海堂さんこそ、どうしたの」

「忘れ物を取りに来たの。あ、数学かぁ」


 海堂さんが私たちの机に近付いて、広げているノートや教科書を見る。

 ルート。悪役の末路を調べるときに知ったが、乙女ゲームにはそういうものがあるらしい。そのキャラのルートを進める、というような。


「海堂さんも一緒にやる?」

「うーん、苦手なんだよね、数学」

「僕もそんな得意じゃないけど、分かる範囲なら教えられるよ」

「本当?」

「こんなとこで嘘つかないよ」


 森岡が優しく笑って、海堂さんも笑顔を返した。なんだか、この二人は私の思っていた以上に、仲良さげな雰囲気だ。

 ネズミーランドで、ふたりでお揃いの被り物をして、お昼過ぎに合流するまで森岡と海堂さんの二人きりで行動していたことを思い出す。


 もしかして。


「友子も、海堂さんと一緒でいいかな?」

「……もちろん」

「ありがとう、水崎さん」


 海堂さんが森岡の隣に座るとき、窺うような顔でこちらを見た。海堂さんにとって、今の私は、存在自体が邪魔者なのだろうか。


 もしかして、海堂さんは、俗に言う森岡ルートに入ってる?


 ずきっと傷んだ胸の痛みは、多分勉強が嫌だからじゃない。

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