第3話 もしや私は悪役ってやつかもしれない

 乙女ゲームのヒロインかもしれない人こと、海堂さんが学級委員になった。

 海堂さんと一緒になったのは、乙女ゲームのキャラクターらしき優男の高山たかやまみなと

 転校した先の学校でいきなり学級委員になるなんて異常すぎる。こんな突飛なことがいとも平然に行われるとは、やはりこの世界は普通じゃないのか。

 日に日にこの世界が乙女ゲームであると思わせられる。


 ちなみに私はどの委員にも入らなかった。だって面倒だもん。


「友子! 午後一の体育の準備、手伝ってくれない?」

「いいよーん」


 けれど、合同授業の体育のときは委員を手伝ったりする。親友の美夏が体育委員だからだ。去年もそんな感じで委員の美夏を手伝っていた。手伝うこと自体はいい。

 問題は別にある。


「おっ、友子ちゃんも手伝ってくれんの? やっさしー」


 陽キャ木瀬も体育委員なのだ。




 乙女ゲームのキャラかもしれない森岡とは幼馴染みで、同じく乙女ゲームのキャラかもしれない木瀬の手伝いをする。

 いいのか、私よ。こんなことをしていていいのか。こんなへんてこりんな世界で、へんてこりんな美男と絡んでいいのか。


 森岡とは仕方ないとして、他のゲームキャラとの接触は気を付けたい。ゲームのイベント的な、そういう変なことに巻き込まれたくない。


「友子ちゃん、このボールカゴ一緒に運ぼ」

「あー、うん」


 頭ではそう思っているのに、いざ声をかけられたら従ってしまう私の意思は雑魚。

 つ、次からはちゃんと接触を避けるから!



 授業の準備を完了し、昼休みが終わるまでみんなが用具室の中で雑談タイム。適当に相槌を打っていたそのとき。


「あれ、みんなどこ?」


 外から凛とした鈴みたいな声が聞こえてきた。私にはわかる。こんな可愛くて守ってあげたくなるような声は海堂さんに違いない。

 小さい声だったので、美夏や他の人は聞こえてなかったらしい。


「……なんか、声しねぇ?」


 いや、木瀬は聞こえていたらしい。

 木瀬は海堂さんに対して、地獄耳になる仕様なのかな。さすがゲームのキャラ。


 用具室の中が一瞬静かになって、一番に木瀬が外に出た。


「あれ、海堂さんじゃん。どしたの?」

「木瀬くん。次が体育だから来たんだけど、誰もいなくて」

「授業まであと十分以上あるしな。そーだな、時間までバスケでもする?」


 二人の会話が聞こえ、少ししてだむだむとテンポの良いドリフトの音がした。軽快なステップの足音と、ネットが擦れる音。直後、勢いよくボールが弾んだのがわかった。

 木瀬がシュートを決めたのだろう。鈴の小さな歓声もした。見なくてもわかる、これは良い雰囲気だ。


 私がしたり顔で推測していたら、他の人たちが用具室から出ていった。え、なになに。


「友子もおいでよ! みんなで一緒にバスケしよ!」


 美夏に呼ばれて、ちょっぴり遅れて出ていく。

 海堂さんと木瀬とバスケ。これは接触になるのか。いやでも、美夏も他の人もいるからセーフ?


 考え半分で扉から出たところには海堂さんがいた。バチッと目が合い、びっくりした顔をされた。

 なに。声をかけようとした瞬間、ボールがワンバウンドして飛んできた。な、なに!


 私はそれを咄嗟に取ってハッとした。よく見ると、ボールの軌道線状には海堂さんがいたのだ。これ、海堂さんへのパスだ。やってしまった!

 固まる私と、あわあわしている海堂さんに、木瀬から声が投げられた。


「友子ちゃーん! へい、パスパス!」


 海堂さんのほうをチラ見して、木瀬にボールを投げる。あぁっ、そんなにしょんぼりした顔をしないで。ごめんね、わざとじゃないの!




 私はめちゃくちゃ気を付けることにした。しょんぼり俯く美少女は哀愁のオーラが半端なかった。きっとあのパスは、乙女ゲームのイベント的なやつであろう場面だったのだ。

 ほら見たことか、ゲームキャラと接触したからイベント的なやつに巻き込まれた。


 その翌日は、靴箱で高山と海堂さんの会話を邪魔してしまった。二人は私の靴箱の前で話していており、かつ、私は急いでいたので、ちょっとキツい言い方で二人の談笑を遮ってしまった。


 この前は森岡。先日は木瀬。そして高山まで。

 まだ四月なのに三回目も、私は海堂さんとゲームキャラそうな人たちとの会話を邪魔している。

 そこでふと思ったことがある。


 もしかして、私が悪役ってやつ?


 私はこの青春なんちゃらなんとかかんとかをプレイしたことない。広告の情報以外を知らないので、海堂さんの恋路を邪魔した人間の末路を知らない。

 しかし、悪役という言葉の響きはとんでもなくマイナスだし、他人の恋を阻むとか普通に性格が悪すぎる。

 意図せず邪魔をしたら美少女はうるうるしょんぼりフェイスになってしまうので、こちらの罪悪感も計りしれない。わざとじゃないのに半泣きにさせてしまう悲しき現実。スーパーストレスだ。


 ということで、森岡は幼馴染みだからしょうがないとして、私は海堂さんたちや木瀬、高山を避けることにした。


「友子って、海堂さんのこと嫌ってるの?」

「そんなことないけど!」


 森岡とのお昼ご飯中に変なことを聞かれて、つい大きな声が出た。焦って教室内を見回すも、海堂さんはいなかったのでほっと安心する。

 私は声をひそめて森岡に言い返した。


「あのね、私が海堂さん嫌うわけでしょ。海堂さんのことめっちゃ見てるから」


 めっちゃ見てるのは、避けるためだけど。

 森岡は「ふうん」と言って、タコさんウインナーをパクっと食べた。


「でも、海堂さんは悩んでたよ」

「そうなの? なんで知ってるの?」

「最近図書室でよく会うんだ。一緒に勉強したりするよ」


 図書室でよく会い、一緒に勉強。森岡の立派なゲームキャラらしい行動に、ある種の感動を覚えた。

 ゲームのキャラだからヒロインともすーぐ仲良くなっちゃってるんだ。しかも私の知らないところで。


 もそ、とご飯を口に運んでいると、森岡が聞いてきた。


「友子も僕と図書室通う?」

「それは嫌」

「えー、残念だなぁ」


 さすがに、それはちょっと。ふたりが話してる内容も気になるけど、これ以上邪魔してはいけない。


 海堂さんのしょんぼり顔はもちろんのこと、この前調べた乙女ゲームの悪役の末路が思ったよりも酷かったので、ゲームキャラとの接触と私は学んだのだ。

 学校のみんなから嫌われるとか、転校させられちゃう仕打ちなど悪役の末路は悲惨なものだった。私は美夏たちから嫌われたくないし、転校も嫌だから。

 ……でも、森岡と遊んだりご飯食べたりするのが、できなくなっちゃうのも、嫌だなぁ。

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