第2話 幼馴染みがゲームキャラかもしれない

 この世界が乙女ゲームだとしても、私はそのゲームをしたことがない。一体どうしたものか。


 意識してみれば、やけにこのクラスは美男美女が揃っている。これが現実かと思うとため息がこぼれた。

 私の視線は自然と件の乙女ゲームの登場人物かもしれない人間たちに注がれた。確実にわかるのは、あの陽キャ木瀬。

 もう一人、女子に囲まれている高山たかやまみなととかいう優男も、多分そうだと思う。見たことがある。


 例の乙女ゲームについて調べてみようと思ったけれど、動画の最初やら途中やらに流れてスキップできない十五秒のスマホ乙女ゲームの広告の名前など、イライラした記憶はあれど、インストールする気はなかったので覚えているはずもなく。

 青春なんちゃらなんとかかんとかだった気がする。


「とーもこ。自己紹介のとき、どうしたの」


 幼馴染の森岡もりおかまもるが、私の席の前の椅子にトスっと座って聞いてきた。ここははぐらかさなきゃ。


「まぁ、ちょっとね」

「ふうん」


 唐突に乙女ゲームの広告を思い出して、この世界が乙女ゲームの中だと気付いたから、なんて言えない。確実に病気を疑われる。

 森岡は気にしてないのか、眼鏡をクイッと上げて、スマホの画面を見せてきた。美味しそうな苺のケーキが映っている。

 

「帰りにここのカフェ寄らない? 春の新作が出たらしくてさ」

「またカフェ? 早くスイーツ友だち見つけたら?」

「そんなの探してたら春終わっちゃうなぁ。ね、帰りに寄ろ」


 カフェの場所は家の最寄り駅の近くで、なかなか良い立地にある。

 そう、この眼鏡男は甘党なのだ。友だちはそこそこいるけど、カフェは男同士で入りにくいとしばしば私を誘う。私も甘いものは嫌いじゃない。むしろ、好きだからちょうどいい。

 けど、高校生にもなって男女ふたりで行くの、ちょっと恥ずかしくない? 私がためらっていたら、トドメの一言を刺された。


「ねっ、おごるからさ」

「そこまで言うなら、しょうがないなぁ」

「さすが友子! じゃあ帰りね。……わっ」


 立ち上がった森岡が誰かと当たる。思ったよりも勢いよくぶつかったようで、ふたりの影が倒れた。

 カチャンと森岡の眼鏡が私の足元に転がってくる。


「大丈夫?」


 眼鏡を拾って森岡のほうを見る。眼鏡を掛けていない森岡を見るのはすごく新鮮で、一瞬誰かわからなかった。案外、端正な顔立ちをしていた。

 そして、森岡の上に乗っかるのは黒髪の乙女。森岡が上半身を起こして、海堂さんと見つめ合う。


 あ。これ、見たことがある。この絵面の下の方に選択肢が3つくらい出てきて、なんか勝手に動いて選んで勝手に甘い言葉を言い始めるバージョンの広告だ。完璧に履修済み。

 現実だと選択肢なんて出てこないけれど。


「ごめん、海堂さん。大丈夫?」

「すみませんっ! あの」


 この勝手に甘い言葉を言い出すバージョンの広告は、十五秒版と三十秒版でわずかに異なっていた。

 三十秒版だと悪役の子が途中で邪魔をする展開になる。手が離せないときに飛ばせなくて、終わるまで長ったらしくてイライラした。

 悪役の見た目は覚えてない、が、


「……大丈夫? はい、眼鏡」


 とかなんとか言って、ふたりの見つめ合いを邪魔するのだ。




 不可抗力だ。そういうつもりじゃなかった。許してほしい。言葉なんていつもいつも考えて言ってるわけじゃないし、脊髄で話すことがほとんどなんだから。

 だから、海堂さんの言葉の途中を遮る形になってしまったのは、私が意図したわけではなくて。


 寄り道のカフェの中の、さらに自分の頭の中で言い訳をする。しかし結果的に、私はあの広告の悪役の子と同じことをしてしまったわけだ。

 えー、なんかめちゃくちゃ嫌だ。はぁ、とため息を零すと、森岡が手を合わせた。


「ごめんね? 清水さんたちとのカラオケ断らせちゃって」

「え? あーそれはいいよ、別に」

「カラオケ行きたくて元気ないんじゃないの?」

「森岡との約束が先だったもん。それに、カラオケはいつでも行けるし」


 清水は私の親友の、清水しみず美夏みかのことだ。去年は同じクラスだったのに、今年は離れてしまった。

 それで、私はこんな乙女ゲームなクラスに入れられて、悪役っぽいムーブをするとか、どうなってるんだ、世界。

 またまたため息が出てきた。



 しばらくすると、注文していたイチゴのケーキが運ばれてきた。めちゃくちゃ美味しそうなスイーツを見て、一瞬で元気が出てくる。やはり甘いものは人間を救う。

 画像で見るより輝いてるケーキをフォークで切り分け、さあ、いただきます。ふわふわのスポンジと、ほのかな甘みのクリームを堪能する。う〜ん、ほっぺたがとろけ落ちる美味しさ、星五つ!


「友子、美味しそうに食べるよね」

「本当に美味しい。森岡も撮り終わったら食べて! この甘すぎない生クリーム、最高すぎる」

「おっけー」


 森岡はSNSに写真をアップするのが好きなので、行くカフェ行くカフェで注文した料理の写真を撮ってはアップしている。

 森岡が撮っているから、私は撮らない。あとで写真を送ってもらう省エネスタイル。

 SNSにアップするのとかは、そういうのは女子がやりそうなイメージがある。森岡はやることなす事がなんだか可愛いから、女子力とやらが高いのかもしれない。


 あざと眼鏡は自分のスマホを見ながら、「あ」と声を上げた。


「僕たちが一緒に食べたスイーツ、これで三百個目だ」

「すごーい。中学生のときとかいっぱい食べたもんね。でも、わざわざ数えてたんだ?」

「SNSの投稿数でわかるんだよ」

「あー、そうなんだ」


 つまり、SNSを日記代わりにしているということか。マメな人だ。こういうところも女子力が高い。私より女子女子してる。

 ふーん、と返しつつケーキを頬張る。


 森岡が誘ってくれるお店にハズレはない。見た目も味も素敵なところばかり。ドリンクのカフェオレとの相性も抜群だ。

 にこにこと食べていたら、森岡も一口食べてにっこりした。


「ところで、僕ら二年になったわけだけど、友子は彼氏とか作らないの?」

「彼氏? 考えたことないなぁ」

「好きな人とかいないんだ?」

「んー、特には」

「そっか」


 雑談で恋愛話、さすがの可愛さである。恋人とか誰かと付き合うとか、私はあんまり考えたことない。

 好きって、よくわかんないし。



 森岡は例の乙女ゲームの広告ワンシーンを再現していたから、ゲームのキャラクターの一人かもしれない。

 つまり、恋人の話で考えるなら、森岡は海堂さんと結ばれる可能性もあるということになる。


「森岡は彼女できるかもね」

「なんで?」

「ひみつ〜」


 むふふと笑うも、自分で言ってちょっと変な感じ。この幼馴染みに恋人ができるなんて、考えたことなかった。

 森岡は恋人ができても私と遊んでくれるかな。いや、彼女に配慮して遊ばないのが普通か。

 えー、私はこれからも森岡とたくさん遊びたいけどなぁ。カフェ巡り、嫌いじゃないし。



 優雅なティータイムが終わる頃に、私のスマホが小さく揺れて何かを受信した。開くと、映画情報アプリからの通知だった。駅の映画館が今日は学生が安い日らしい。

 確か、私はちょうど観たい映画ある。コメディ系の、なんか面白そうなやつ。今度は私が森岡にスマホ画面を見せた。


「ねえ、この後予定ある? よかったら映画行かない?」


 カフェ付き合ったんだから、お返しに映画付き合ってよ。

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