かつおぶし

@wirako

第1話

 整理の行き届いた研究室で博士が叫んだ。

「ついに完成したぞ、史上最高のお掃除ロボットが!」

 作業机にどっしりと乗った発明品の名は、『スイーパーくん七号』。見た目は大きめの炊飯器のようだが、内部には四次元空間が広がっていて、あらゆるお掃除グッズが収納されている。ほこりや汚れを見つけると自動で掃除を開始する優れモノだ。

 博士は人差し指を作業机の上で滑らせた。指には何もついていないが、顔をしかめて白衣になすりつける。

ちり、埃、灰、花粉、ダニ……目には見えなくても、ハウスダストは常にたまっている。まったく、忌々いまいましいことだ」

 へっくしょい、と豪快にくしゃみをした。

「だが、そんな生活とも今日でおさらば」

 鼻をかみ、ウェットティッシュで手を拭いてから発明品を手に取る。

「スイーパーくん七号よ、この研究室のハウスダストを一掃いっそうしてやれ!」

 博士は機体の真ん中にある丸いボタンを押した。すると軽快な電子音が鳴り、表面にいくつもの光の筋が走る。

「オソウジ ジュンビ シマス」

 機体が宙に浮遊した。直後、表面のパーツがスライドして丸い穴があいた。そこから蛇腹じゃばらのホースが伸び出る。さらにホースの先に折りたたまれていたパーツが組み立てられ、掃除機のヘッドに変わった。

 その後も次々と機体に穴があき、機械じかけの細いアームが生えた。手には雑巾、はたき、モップ、ワイパー、のみ、洗剤のボトルなどなど、各種の掃除アイテムを持っている。

「オソウジ カイシ シマス」

 宣言するや否や、スイーパーくんは室内を縦横無尽に飛び回った。アームを振り回し、0.01ミリ単位の正確さで迅速に掃除を行う。しばらくすると、ただでさえ綺麗だった室内が、無菌室さながらの清潔さに満ちあふれた。

「ようし、発明は大成功だ!」

 博士は壁を突き破る勢いで何度もバンザイした。それによって舞った白衣の繊維も掃除機のヘッドが吸いこんでいく。

「さて、スイーパーくんの試運転はひとまず終えよう。いい時間だし、とりあえず腹ごしらえだ。今日は近所のお好み焼き店にでも行こうか」

 そう言って博士は、衛星のように周囲を回る機体を捕まえようとした。

 だがスイーパーくんは主人の手をするりとかわし、白衣のすそをホースで吸いこみはじめた。

 突然の反逆に、博士は白衣を引っ張って抵抗する。

「そうか。私の目には見えないだけで、白衣は常に微細な繊維を振りまいている。スイーパーくんにとって服は、埃のかたまりに等しいわけだ」

 慌てて白衣を脱ぐ博士。トカゲのしっぽにされた白衣は、一瞬でホースの暗い穴に消えた。

 胸をなで下ろしかけた博士へ、数多のアームが一斉に向き直った。博士は死に物狂いですべての服を脱ぐ。間一髪、最後の一枚を脱いだと同時に、スイーパーくんが肉食獣のごとく服に襲いかかった。

 博士は油断せず身構える。

「私の体にはまだ繊維が残っているからな。次はそれを取り除きにくるだろう。だが、さすがに人間をゴミだと認識させてはいないから、私自身が『掃除』されることはないはずだ」

 その読み通り、衣服を丸ごと食らったスイーパーくんは、博士の体を三本の羽毛で優しく払うようになった。

 くすぐったい感覚に、博士の表情が緩む。

「手塩にかけた発明品は我が子同然とはいえ、これではなあ。あとで設定をいじらなくては」

 問題点を解決するためにプログラムをどう変更するか。博士は裸のまま考えた。

 その状態で数分が経過した。三本の羽毛は、なおも博士の全身をなで続けている。

「おかしい。もう繊維は取り除けたはずだ。なのになぜ掃除を終わらせない?」

 博士は右手でぼりぼりと頭をかいた。

 その右手が突然アームにつかまれた。さらに左腕と両足にもアームが伸び、あっという間に身動きが取れなくなる。

 驚きのあまり目を見開く博士。その顔に羽毛が力強く当てられる。機体のディスプレイには『頑固汚れモード』の文字が浮かび上がった。

 羽毛を押し当てられた博士の顔が、徐々に青ざめていく。

「待てよ……そうだ、私から出るフケやあかといった皮膚の残骸も、ハウスダストの一種だ。そして少しでも肌をこすれば、皮膚のカスが出る」

 羽毛を振る速度が上がり、博士の肌は徐々に赤みを増してくる。

「ということは、スイーパーくんが羽毛で肌をこすれば、わずかとはいえ皮膚のカスが生まれるわけだ。そのカスを羽毛が掃除して、それによってまたカスが出て、掃除して、カスが出て……」

 ぶるぶると体を震わせた博士の周囲に、頭のフケが、肌のカスが、埃の残骸が、四方八方に舞い散る。

「つまり、私自身がゴミと認識されて『掃除』の対象になるわけではないが、皮膚のカスを掃除され続ければ、どのみち私は……」

 機体から、機械の腕が千手観音せんじゅかんのんのごとく生えだした。その動きはまるで、お好み焼きの上で揺らめくかつおぶしのようだった。

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