宇宙の片隅で赤いきつねを

淡 今日平

宇宙の片隅で赤いきつねを

 ビリリ……

 月岡つきおかいさむはこの瞬間ときが最高に楽しみだった。ここは地上400kmの国際宇宙ステーション(ISS)だ。無重力環境下での微生物研究のため、月岡が地球から射出されたのは、丁度ひと月前。ISSの機器メンテナンスや実験、体力維持トレーニングなど多忙な日々を過ごす中で最も楽しみにしているのが食事の時間だ。中でも日本食が出る日は格別だった。

 真空パッキングされた今日の昼食のラベルには「赤いきつね」と記されている。そのパッケージを破り、ISSで使用可能な70℃のお湯で戻す。温度が低いため、地上より少し時間がかかるが、その間も出汁の良い香りが鼻腔をくすぐるのを楽しんで待つ。7分が経過した。

 月岡はISSに持ち込んでおいた箸を取り出し、食べ始めた。麺は飛び散らないよう一口大の塊になっており、スープの粘度も高められている。味は地上で食べていたものと全く同じだ。お揚げを口に含み、噛みしめる。ジワリとスープが口内を埋め尽くす。と同時に鰹と昆布の風味が脳に染み込んだ。

 月岡は北海道の生まれだ。利尻昆布の風味にはるか下方で回転している北海道を思い出させられる。

「あぁ、これだ」

ポツリとひとりごち、月岡は昔のことを思い出した。


「コラ!お父さんがやるから待ってなさい!」

月岡裕二ゆうじが一喝した。幼い彼は父が赤いきつねを準備するのを眺めるのが好きだった。ポットは危ないからと触らせてもらえなかった。そこに、大人だけの特権のようなものを感じていた。

 父が作ってくれた赤いきつねをすする。いつもの味。


「おい、もうそろそろいいんでないか」

 高校生になった月岡はスキー部でよく赤いきつねを食べていた。スキー場のレストハウスで仲間と赤いきつねを食べた。スキーで冷え込んだ体に暖かさが染み込んでいった。仲間も同じ暖かさを感じていると思うと心まで温まるような気がした。

 仲間と作った赤いきつねをすする。いつもの味。


「宅配でーす!お届けに上がりました」

 大学生になり上京した月岡のもとによく母が宅配を送ってくれていた。その中には必ず赤いきつねが入っていた。そのパッケージに記載されている「北海道限定」の文字に懐かしさを感じる。

 母が送ってくれた赤いきつねをすする。いつもの味。


 そして今、ISSから青い地球をながめながら赤いきつねをすする。

「いつもの味だ」

 

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宇宙の片隅で赤いきつねを 淡 今日平 @Kyohei_Awai

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