第36話 終焉∩開演
僕は右手を突き出した体勢のまま固まった。予想外過ぎる出来事に、理解が追い付かない。
僕を現実に引き戻したのは、残り2体の妖魔の攻撃だった。
「
「
2体からの執拗な遠距離攻撃の連打から逃れようと、一歩下がろうとした瞬間に、急に足の力が抜けてよろめき、ガクンと膝をついてしまった。
「!」
驚いた僕に、好機と見たのか妖魔が衝撃波を撃ちながら突撃してきた。一瞬、ふらついた僕だが、これは僕にとってもチャンスだ。せっかく近づいてきてくれるなら反撃できる。
僕はあえて、攻撃を避けず弱っているフリをした。
まんまと引っかかった妖魔が、飛びかかってきたところに合わせて僕も殴り掛かった。妖魔は慌てて回避しようとしているが、間に合わない。
拳が吸い込まれるように妖魔に命中した。
妖魔が、苦痛の声を上げて弾き飛ばされる。手応えは十分だったが、先ほどの一撃のようにはならなかった。
イメージの練り上げが甘かったか と思った所で気が付いた。
先程まではあって、今は無いもの。そうだ、ダメージを受ける度に蓄積されていた魔力。そうか、そういう
どうする。今ので決められなかった以上、警戒されて近づいては来ないだろう。
そんな思考に囚われている僕を横目に、舞姫先輩は既に大きな
空に大きな炎の網が広がった。一度広がったその網は徐々に目の間隔を狭めながら2体の妖魔を地上に向けて押しやっていく。
先程、石の壁で退路を断たれた僕達のように、今度はあちらが炎の網で逃げ道を失っている。
逃げられないことを理解したのか、今度は遠距離で舞姫先輩を狙い始めた。
「させるかっ!」
僕はすかさず間に入って迎撃する。体にガツガツと礫と衝撃波が当たるが、一発も通さない。攻撃が届かないことで苛立ったのか、ここで2体の行動が分かれた。
「
――――――かかった
「
僕は、向かってくる妖魔に向かって構えた。鎧の内側が、先ほど不発に終わった分と、今の攻防で得たダメージのせいで、うっすらと赤く輝いている。これならおそらく――。
そんな奇妙な確信の中、向かってくる妖魔を串刺しにするイメージを練り上げた。
激突の瞬間、イメージを解き放つ。解放された魔力が奔流となり、妖魔の体を貫いた。
焼き焦がされた妖魔と、貫かれた妖魔がそれぞれ限界を迎えた。
するすると存在が消失していく。合わせて僕等の後ろにあった石壁も消滅していく。
後には、何人もの転がったままの人と、僕と先輩だけが残された。
終わったのか。
そう思った瞬間に気が抜けたのか、体中に痛みが来た。
合わせて、起動状態が急に解除された。
自分の体が重くなり支えていられず、地面に後ろ向きに大の字で倒れ込んだ。
「伊吹くん!」
焦ったような先輩の声が響く。
駆け寄ってこようとしているのだろう。ただ先輩自身もダメージがひどく、片足を引きずるように急いで近寄ってくる。
「伊吹くん!大丈夫!返事をして!」
慌てた先輩の声と共に、頭が持ち上げられた。
動くだけで体に痛みが走る。
「......大丈夫です。大丈夫じゃないけど大丈夫です。」
僕がそう返事をする。ひとまず意識があるのがわかった先輩は、ホッと息を吐いた。
「......終わったと思ったら急に気が抜けてしまって、起動も解除してしまいました。」
「......伊吹くんが解除したんじゃないわ。魔力が切れたのよ。」
なんと。慌てて自分の魔力残量を確認すると、溜まっていた数値の5%程度しか残っていなかった。
「安全装置みたいなものよ。一度起動状態に入った後、魔力量が一定値を下回ると起動状態含めて強制的に解除されるの。」
先輩が説明してくれる。つまり薄氷の勝利だったという事か。
「......よかったです。魔力が切れる前に間に合って。」
と僕は笑った。先輩は逆に困った顔をする。
「......どうかしましたか?」
「............ごめんなさい。」
先輩が、謝ってくる。僕は戸惑ってしまった。
「なにがでしょう?何かマズい事があるんですか?」
「......いいえ。そうではなくて―――伊吹くんを逃がせなかった。こんな危険な戦いにいきなり巻き込んでしまって、その上こんな状態にまでさせてしまった......本当にごめんなさい。」
先輩が、歯切れが悪そうに言う。本当に後悔しているようだ。
「......最上先輩が謝ることじゃないですよ。僕は僕の意思でここに来ましたし、戦ったのも僕の意思です。これは僕の選択の結果であって、最上先輩のせいじゃありません。」
だから謝らないでください と僕は言った。
「やれることの最善は尽くしましたし、結果それで二人ともなんとか勝ったんですから。それでいいじゃないですか。」
僕は自分の体を、何とか起こした。全身が悲鳴を上げるが、声を上げないように何とか歯を食いしばる。慎重に座って先輩と向き合う。
「僕からも言わせてください。助けてくれてありがとうございました。僕一人じゃ何もできませんでした。」
先輩の瞳が揺れる。僕は何とか笑顔を維持する。
「......それなら私も、伊吹くんが止めてくれていなかったら倒せなかったわ。」
「じゃあ、おあいこですね。それに先輩だってボロボロでしょう。」
見えないが、先ほど足を引きずっていたし落下したときのダメージだってある。
僕ほどではないかもしれないが、相当魔力も消耗したはずだ。
先輩が、ようやく少し表情を緩めてくれる。
「そうね。お互い傷だらけね。」
そう言って笑う。僕も痛みで引きつりそうになる顔を何とか維持する。
「......じゃあ後始末をしましょうか。伊吹くんはそこで休んでるといいわ。」
そう言って先輩は立ち上がり、僕に向かって手を差し伸べてくれた。
僕はその手を取ろうと思い右手を伸ばし左手を地面についた。
そこで左手でなにかをつかんだ。なんだかすべすべしたものだ。
疑問に思って、手に取り目の前に持ってきた。
なんだろうこれ。
黄色の布で出来ていて、細かな刺繍が入っている。
丸まってしまっているので何なのかわからない。
一旦差し出した右手を戻して、絡まった布をほどいてみた。
そこにあったのは女性物の下着の、下の部分だった。
頭の中に疑問符が飛び交う。なんでこんなものがこんな所に。
ふと地面に目をやると、そこにいつも先輩が持っているバッグが口の開いた状態で打ち捨てられている。
ペンの予備などが飛び出して転がる中に、やけに色とりどりの布が見えた。
橙色、緑色、青色、紺色、紫色 そして手元には黄色である。
ふと先ほどまでの極限状態で活性化した頭がある閃きをもたらした。
と同時に僕の命の残り時間が幾ばくもない事も理解した。これはヒジョーにマズい。
ゆっくりと体を正面に戻して、目の前にいる方の顔色を伺う。
うつむき加減で、髪が下りてしまっているので表情が読めない。
ただ肩が小刻みに震えている。差し出された腕が少しづつ持ち上がっていく。
「......先輩?」
恐る恐る声を出す。ピクリ、と先輩が反応する。
「......伊吹くん。私はね、今とてもとてもあなたに感謝しているの。」
すごいフラットな声が、髪に隠された顔の方から聞こえる。
「そして申し訳ない事をしたと、とてもとても後悔と反省もしているの。」
淡々と、言葉が紡がれる。
「だけど、ごめんなさい。先に謝るわ。どうしても、あなたを一発はたきたくてしょうがないの。そうしなければならないの。わかってもらえるかしら。」
僕の背中を冷や汗がダラダラ流れる。
「......あの、一応僕けが人でして。」
「そうね。その通り。だから今必死で我慢しているの。」
僕は無抵抗の意思を示すために、急いで両手を上にあげた。
「あ。」
もう一度言う。先輩の下着を持ったままの手をそのまま上に突き出した。
右腕がスローモーションで僕に迫ってくるのを、僕は諦観と共に見ていた。
(『虹の』ってそういう事か......)
僕は、横にすっ飛びながらそんなことを考えていた。前にもこんなことがあった気がする。
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