第21話 尚早∩焦燥

 初めての討伐をした僕はちょっと感慨に浸っていた。

そんな僕に最上先輩が話しかけてくる。


「それで、ご感想は?」

「...あっけなかったです。」


 実際、拍子抜けするぐらいにあっさりと倒せてしまった。


「まぁあれは生まれたてだから。最初に私が倒した方だったらもう少し手こずったはずよ。」

「...そういえば動きが違いました。あれはどういう違いですか?」

「簡単に言うと、食べた人数の違いね。下級妖魔フローターは生まれ落ちた時から人間を襲って魔力を奪う。最初はさっきみたいに弱いけれど、段々と力を蓄えるの。するとさっきみたいに、速度が上がったり、頑丈さが上がったり成長するのよ。」


 最初の方を、今の伊吹くんが倒そうとしたら、4~50回は地面に叩き付けるのを繰り返すことになったはずね と言う。


「そして大体14、5人ぐらい捕食した下級妖魔フローター。こうなるとちょっと厄介になるわ。下級妖魔フローターとは比べ物にならないほどの戦闘力を得るの。形態も千差万別だし、特殊な力を持つものもいる。

 なにより賢くなる。自分の不利を悟ると撤退しようとしたり、逆に罠を張って待ち構えたりね。

 だからこそ、私たちは定期的な巡回で早めに目を摘むの。幼体のうちに討伐することで進化させないようにしているというわけ。」


 理解できた?と聞かれたので頷いた。


「さてと、じゃあ後始末をしましょうか。今度は伊吹くんが起こしてみましょう。」


「...わかりました。やってみます。」


 先ほど未遂で終わった方の人は、ふらふらと離れて行ってしまったので、

僕は倒れている人の方に近づく。先ほどやったように目に魔力を集中させて状態を確認する。

捕食途中で開放出来たおかげか、昼間見た人より生命力の状態はよさそうだった。


「...再起レイズ


 僕の手を通して、魔力が生命力に同化していくのが分かる。確かに効率は悪かった。罅の入った容器に水を入れているような気分になる。それでも少しずつ吸い込まれていき、起き上がった。


 立ち上がって去っていく人を見ていてふと、暗がりにもう一人、人が倒れていることに気が付いた。魔力を通してみていなかったら見落としていた。


「...先輩。あそこにもう一人倒れている人がいます。」

「え?......本当ね。」


 先輩も魔力を感知したらしく驚いた声を上げた。

 近づくとこちらの人は既に「食事済み」らしく先ほどの人より反応が弱い。


再起レイズ


 先ほどと同様、生命力を注ぎ込んでいく。

 前より時間がかかりそうなので、試しに魔力操作で自分の魔力を集中させてみた。

 注ぎ込まれる速度は上がったが、転換効率に変化はなかった。


 それでも根気よく注いでいると、先ほどの倍近い時間がかかったが気が付いて起き上がった。起き上がると前の人同様、ふらふらと立ち去っていく。


 それを確認して振り返ると、先輩は何か考え事をしていた。


「...先輩?終わりました。」

「...ごめんなさい。気が付かなくて。2件とも処置に問題はなかったわ。」

「何か気になることでもありました?」

「......数が合わないのよ。」

「数 ですか?」

「そう。発見した下級妖魔フローターは2体、なのに襲われた人数は3人。駆け付けるまでの時間でもう1体が食事を終えて消失するとも思えないし、ちょっと気になって。」

「2体のうちどちらかが、最初に襲った可能性は?」

「ありえなくはないけど、一度に2人以上を襲うことは稀よ。私達が駆け付けるまでにそんなに時間もなかったしね。」


 先輩は猶も考えていたが、ふとため息をついて言う。


「まぁ私の考え過ぎかもしれないし、『協会』に報告だけ入れておきましょう。帰りましょうか。」


 そういって先輩が歩き出した。

 裏路地を抜けて表通りに出る。最寄りの駅に向けて角を曲がった。


 その時ふとうなじがざわっとした気がして振り返った。


「?」


 振り返ったが、特に何もない。昼間と同じく気のせい だろうか。

 立ち止まって振り返った僕を先輩は怪訝な顔で見ていた。


「...どうかした?」

「いえ、大丈夫です。すみません。」


 謝って小走りで走り寄った。

 最上先輩が口を開く。


「今日はお疲れ様。一応今日で一通り、巡回の手順は理解できたかと思うけど、何か質問はある?」


「...そうですね。今日取り逃がした妖魔はどうなるんですか?」


「そうね。一回捕食を成功させた妖魔は、しばらくの間、再出現はしないの。だから『協会』に報告だけ入れて放置ね。」


「...放置ですか。」


「...気になる? でも仕方ないのよ。知っての通り保持者ホルダーの人数は少なすぎるし、一件にそんなに時間を割いてもいられない。あそこでずっと見張るわけにもいかない。その間に他の場所で他の人が襲われるわ。まぁだから、私達は出来ることをやるの。」


 魔法がちょっと使えるぐらいで、世界全部は救えないのよ と先輩は言った。


「それに『協会』はどういう手段でか出現予測を絞り込んでくる。今日の予測がいい例よ。だから闇雲に行動する位だったら、予測に従っておいた方が高効率なの。運が良ければまたあの場所の出現予測が来るかもしれない。」


「......わかりました。」


「...伊吹くんはちょっと気負いすぎね。悪い事ではないとは思うけど。」


 言いながら最上先輩が笑う。


「そんなに参加したいなら、ゴールデンウイーク最終日に青葉くんが巡回予定って言ってたからお願いしてみれば?」


「!。わかりました、聞いてみます。」


「まぁ程々にね。魔力だって結構使ったはずだし、参加するならきちんと回復しておいた方がいいからね。」


 _____________


 なんやかんやでゴールデンウイーク最終日、僕は青葉先輩との待ち合わせで藤沢駅に向かった。日曜日に、先輩に連絡したら快諾された。


 12時に待ち合わせたのであと15分ほどで予定の時間になる。

 改札を出たところで、すでに先輩が待っていることに気が付いた。


「すみません。お待たせしました。」

「いえ。あと15分もありますから。こちらが早く着きすぎました。」


 そういって先輩が出口へと促した。

 歩き始めた先輩が口を開く。


「...伊吹君は熱心ですね。勧誘した手前もありますが、そんなに張り切らなくても大丈夫ですよ。」

「いえ、やりたくてやってますから。」

「土曜日はどうでした?問題はありました?」

「問題は特にはなかったです。まだ経験が足りないなとは思いました。」


 それはそのうち慣れますよ と先輩が笑う。


舞姫まきくんが誉めていましたよ。『目』もいいとか。僕にはその才能は無いので羨ましいですね。」

「...ありがとうございます。ただ、戦いに役に立つことがまだ見つからなくて。」

魔術アーツはまだ手がかり無しでしたね。」

「えぇ...土曜日からも考えていますが思いつかないです。」


 いまだに自分の魔術アーツがなんであるのか、とっかかりが見えないのだ。僕はもどかしい思いでいっぱいだった。


「まぁ伊吹君の限定魔術リミテッド・アーツが戦い向きであるかどうかはわかりませんから。今日は通常の身体強化で妖魔と戦う方法を練習しましょう。」

「...わかりました。よろしくお願いします。」


「今日は2件、出現予測が出ていますが、出現予想時間帯が結構離れているので待ち時間も長いです。あいだの時間で、またこの前のような訓練も出来るとは思いますよ。」


 ...それは楽しみだ。

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