第8話 従兄<従妹

「......美玖はもし自分に何かの才能が有って、皆から才能を発揮することを望まれたとしたら、それが人の役に立つことならやるべきだと思うか?」


 相変わらず痛いものを見るような視線を向けられた。

さっきより視線は痛かった。


「...どしたのほんとに。さっきの質問といい、遅れてきた厨二病?今時流行らないよ、そういう3流の自己啓発セミナーみたいなの。」

「...兄は言葉の暴力ってあると思うんだ。」


なら言葉の警察でもよんだら? と辛辣なセリフを吐かれた。


「...進路か何かで悩んでるのか知らないけど、やれる事とやりたい事が違うなんて当たり前でしょ。やれる事だからやらなきゃいけないなんて事はないし、やりたいから出来るってわけでもないよ。得意だからやってもいいとか、不得意だからやっちゃいけないなんてことが無いのと同じ。」


「...それが世の為、人の為でもか?」


「それこそナンセンスだよ。そんな事が正しいなら、人より頭が良かったら医学部に行って医者にならなきゃいけないことになっちゃう。確かに私は医学部だって入れるかもしれないけれど、医者になりたいだなんてこれっぽっちも思ったことはないよ。  

 幸兄ぃの言っているその考え方が正しいなら、私は世の為、人の為に、なりたくもない医者になることが正しいってことになる。でもそんな世界は正しいの?」


だから、と前置きして従妹は続ける。


。幸兄ぃは幸兄ぃの為になることをするべきよ。『出来ること』で自分を決めないで、『やりたいこと』で決めればいい。世の中にやらなきゃいけない事なんてほんとはそんなにないんだから。結果、誰がどう救われて、誰がどう救われなくてもそれは幸兄ぃのせいじゃない。」


 人の人生を、自分が勝手に救ったりできると思う時点で、それこそ傲慢ってもんでしょ。と そこまで美玖は言い切るとふと熱くなりすぎたと思ったようで、麦茶を飲んで一息ついた。


「......美玖は格好いいな。」

「......幸兄ぃが格好悪いだけよ。」


 確かに、こんな悩みを従妹いもうとに諭されるような従兄あには、僕から見てもだいぶ格好悪かった。



「それで?聞きたいことは済んだの??」

「あぁ、ありがとう。助かった。」


そ、と頷くとすました顔で美玖はクールに言った。


「相談料は、黒羽亭の羊羹でいいわ。優しい妹は『梅』で勘弁してあげる。」


......「梅」でも1本5,000円する羊羹は僕の財布を大分涼しくクールにさせた。



 その後は特筆すべき出来事もなく、僕は家業の手伝いアルバイトをつつがなく終え、夕飯も食べてから帰路に就いた。


 因みに甘いものに弱い茉莉さんは、夕食後の羊羹に大分ご機嫌だったので、僕はつくづく従妹には頭が上がらない。



 帰り道をのんびりと歩いて例の路地に差し掛かった所で、ふと前を歩く人の姿に気が付いた。

ジャージ姿だが、昨日のOLさんの様だ。少しふらふらと足元がおぼつかない。


 気になって見ていると、ふらついた拍子に持っているコンビニの袋を落としてしまった。

緩慢な動きで拾おうとしていたが、足で蹴とばしてしまい中身のスポーツ飲料がこちらに転がってきた。


 思わず拾って駆け寄ると、風邪をひいているのかマスクをしながらゴホゴホと席をしている。


「......大丈夫ですか?」


暗がりだったので顔が見えにくいのはあるが、我ながらよく声をかけられたものだと思う。


「...大丈夫です。すみません。ご親切に...ゴホ...ありがとうございます。」

「...風邪ですか?」

「......昨日から急に...」


 ありがとうございます、、、と立ち去って行った。


僕はしばらくその場で立ち尽くしていた。


______________


 月曜日


 今日は大学で1限から講義があったので、早々に講義室に入った。

 真ん中より、少し後ろよりの席を確保していると、ちらほらと学生が入ってきて席が埋まっていく。


 後5分で講義が始まるという時になって、左隣の席に座る人影があった。

 そいつは座るなり大きく欠伸すると、すぐに寝る体制に入った。


「コウ。あとよろしく~。」

「その態度はどうかと思うよ、リョウ

「...9時なんて時間から始まる講義が悪いんだよ。俺は生物の本能に従って12時より前は活動しない派なんだ。」


 どこの世界に12時まで活動を開始しない生き物がいるというんだろうか。


「どーせ後でレポートだけ出せば単位になるんだから、無駄な活動は人生の損だと思わないか?睡眠をしっかりとって午後の活動に備える方が賢いと俺は思うね。」

「夜に睡眠さえとっておけば、毎日午前中に寝なくてもいいと思うけどね。」


 ...耳を塞いで聞こえないふりをし始めた。

 僕はため息をついて無視することにした。


 こいつは古鷹コダカ リョウ。僕の大学内での数少ない友人だ。


 1年の最初のオリエンテーションの時に出会い、なんだかんだで付き合いが続いている。

 要領がよく、なんでもそつなくこなすタイプ。交友関係も広いので学内の色々な噂や情報なんかをどこからともなく仕入れてくる。僕が知っている大学内の噂は9割方こいつから聞いたと言っていい。

 正直顔もいいので、かなりモテる。寝不足の原因が何なのかなんて聞きたくもない。


 ちなみにその後、2限も含めて150分間宣言通り寝続けていた。


 2限が終わり今日は4限が休講なのでお昼だけ食べて帰ろうか、それとも課題を進めてしまおうか。

 そんなことを考えながら涼を起こした。


「やれやれ。ようやく退屈な講義も終わったか。」

「退屈な かどうかは知らないけど終わったよ。」


 涼は伸びをしながら立ち上がって言う。


「少なくとも出席だけ取った後、去年も一昨年も全く同じ内容の講義で、課題も教科書通りの内容。

 参考図書の名前だけ変えて、書いておけば通るレポートの提出だけで取れる単位なんて講義を、退屈と呼ばずしてほかに何と呼ぶのかぜひ知りたいところだね。」


「必修単位なんてそんなものだろ。」

「刺激が足りないよ。学内の噂話の方がよっぽどましだ。」


 そんなもんかね。とくだらない会話をしながら講義室を出たところで、ちょっとした人だかりに出くわした。

 不思議に思ってのぞき込むとその先にいる人物と目が合った。2日ぶりだった。


 やぁ と手を上げた青葉先輩がこちらに来る。


「おはよう。伊吹君。」


 僕の左隣で涼がポカンと口を開いたまま固まった。

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