第7話 日常⊂異常


 起きたら土曜日のお昼だった。


 昨日は、ファミレスから出て青葉先輩が僕の住んでいるアパート前まで送ってくれた。

なにかあったら連絡ができるように、連絡先の交換をして別れて部屋に入ったところまでは覚えている。

 部屋に入ってすぐどっと疲れが襲ってきて、何とかベッドに潜り込んだ。そこから今までの記憶がないので相当熟睡していたようだ。


 昨日会ったことが、実は僕の夢だったりしやしないかなんて思ったが、昨晩交換したばかりの連絡先が僕のスマホに残っていたので現実だった。


 あれこれ考えたいところだが、まず何より汗を流したいのでシャワーを浴びることにしよう。と思って立ち上がった所、盛大におなかが鳴った。よくよく考えたら、昨日のお昼以降何も口にしていなかったのだ。

 こんな時でもおなかは減るものだな と僕は自分の図太さに笑ってしまった。


 実際の所、シャワーを浴びて洗濯をし、冷蔵庫の中にあったものでありあわせのお昼を済ませたときには、もう午後2時近い時間だった。人間やはり空腹でないというのは大事なことで、昨日の話を冷静に考えることができるようになっていた。

 「悪魔」、「妖魔」、「限定魔術リミテッド・アーツ」、「保持者ホルダー


 今までは、全く知らなかった世界が急に目の前に広がったような感じだった。青葉先輩が、丁寧に説明してくれたことを思い返しながら、僕は自分がどうしたいのかさっぱりわからなかった。


 昨日妖魔に襲われたときは、正直 死ぬ と思っていた。事実を知った今でも襲われたときの恐怖は、消えていないのだ。あんな妖魔と僕が戦うというのは、今一つ実感がわかない。契約をして魔術アーツを手に入れたとして、それで僕は戦えるのだろうか。


 とりとめのない事を考えながら、スマホで妖魔や保持者ホルダーの件についてなにか情報が無いか調べてみたが、都市伝説をまとめたサイトに、もしかしたら妖魔の仕業では?というような話が載っているぐらいで、確証のありそうな情報はまったく見つからなかった。


 僕はどうしたいのか。どうするべきなのか。何を選ぶべきで、何が正解なのか。

堂々巡りになりはじめた頭を振って、僕はいったん考えるのをやめた。


 こういう問題に答えを出すのは、僕には向いていない。

下手の考え休むに似たり とはよく言ったものだ。

 そして幸いなことにこういう時にうってつけの人材が僕のそばにはいるのだ。


_____________________________________


翌日は午前中から、バイトの予定だったので僕は準備をすると出かけた。


バイト先は、育ての親であるところの僕の伯母夫婦が経営している駅前の書店であるので、通いなれた道を国道沿いに歩いていく。

15分ほどで到着すると裏から店内に入った。


「おはよう、幸人ゆきひと。」

「おはよう、茉莉まりさん。」


 店内に入るなり伯母の茉莉さんがニコニコと挨拶をしてきた。


 小学校に上がる前だったか、僕の両親が1歳になる前に事故で無くなったことを教えてくれた時に、伯母夫婦である高尾夫妻には自分たちを親だと思って欲しいと言われた。

 正直実の両親の記憶はほとんどなく、当時から普通に父さん、母さんと呼んでいたので、その時は気にせず小学校時代は今まで通りの呼び方をしていた。


 中学生になったころの思春期で今まで通りの呼び方をするのが恥ずかしくなり、紆余曲折の結果なんやかんやで、名前呼びで定着したのだ。


 正直、実の娘である従妹と何ら分け隔てなく接してくれた「両親」には感謝しかないし、店の手伝いなんて別に気にもしていない。


 だがこの伯母はたまに頑固なことがあるので、僕が一人暮らしをしたいといったときに頑としてアルバイト代を払うと言ってきかなかったのだ。押し問答の末、今の時給となったがアパートの家賃もかからないので今でももらいすぎだと思っている。


「今日は夕飯まで食べて行ってね。」

「...わかった。いつもありがとう、茉莉さん。」


 僕はエプロンをつけながら聞いた。


「...ところで美玖みくは?」

「美玖?朝から大学の課題があるとかで出かけて行ったけど。多分お昼には帰ってくるはずよ。」

「了解。ありがとう。」


 そうして午前中は、いつも通りの仕事をしていた。店内の掃除をして、本の発注をし、書棚の整理をする。


 お昼になると伯母に声をかけられたので、いつも通りお昼がてら休憩となった。


 バックヤードに入るとちょうど従妹の美玖が戻ってくるところだった。


「おかえり。」


幸兄ゆきにぃ。ただいま。」




 高尾タカオ 美玖ミク。一つ下の従妹いとこで今年から同じ北辰大学の経営学部に入学した。


 不出来な兄と違って出来た妹であるところのこの従妹は、大学入試を首席で合格するぐらいには出来た妹なのだ。


「お昼は?」

「まだ。家で食べるつもりで戻ってきたし。」

「じゃあ準備しておくから、荷物を置いてきな。」

「ん。ありがと。」


 そういうと、2階へ上がっていった。

 僕は、そのままダイニングに入ると食器やらを並べて置いた。


ちょうど2階から美玖も降りてきたので、向かい合って食卓に着いた。


「「いただきます。」」


と食べ始める。


「...美玖。ちょっと相談があるんだけど。」

「?。なに?お金の相談ならお父さんにしてね。」

「......違う。そういう相談じゃない。」


そっか。と頷くと、目で先を促してきた。


「......まぁ知っての通り兄は、人とのコミュニケーションを『少々』苦手としている。」

「そうだね。幸兄ぃ、コミュ障だよね。」

「...オブラートに包むということを覚えてくれ。妹よ。」


 少々なんて見栄を張るからだよ。とのたまう。ぐうの音も出なかった。

従妹は竹を割ったような性格をしているので、こういう事はズバズバと歯に衣着せぬ物言いをするタイプなのだ。


「...まぁ兄はコミュニケーションを苦手にしているわけだ。これは出来れば改善したいと思っている。」

「そんなに簡単に出来たら、苦労はないけどね。」


 何だろう。言葉の刃が鋭すぎる。相談相手を間違えたかもしれない。

相談が終わる前に僕は死ぬんじゃないだろうか。


「...相談というのはあれだ。この苦手意識は、例えば悪魔に魂を売ってでも改善した方がいいんだろうか?」

「......は?」


 悪魔?どしたの急に?頭でも打った?と視線が痛い。


焦りで直接的に言い過ぎたかもしれない。なんとか誤魔化さなくては。


「...まぁ比喩的な表現だ。それぐらいの覚悟で改善に取り組んだ方がいいのかということだ。」


 疑いの視線が痛いが、ちょっと考えて美玖が話し始めた。


「......いったい何があってそんな話をし始めたのかはよく知らないけど。私は別にそこまで覚悟をして改善することではないと思う。」


 いい?と前置きして続ける。


「確かに幸兄ぃはコミュ障だし、社会不適合者ではあると思うけど。でも社会に無理に適合する必要なんてどこにもないよ。

 今時、人との関りが少ない仕事なんていくらでもあるし、生きていくのにそこまで困るって程でもないでしょ。」


人には向き不向きがあるんだから。と言い切った。


 相変わらずこの従妹は実に鋭い事を言うなぁ...言葉の刃も鋭いなぁ...心が痛いなぁ...と馬鹿なことを考えていると、突き刺すような視線が飛んできた。


「.....というか幸兄ぃ。ほんとにしたい相談それじゃないでしょ。さっさと本題に入りなよ。」



......勘も鋭かった。

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