第2話 本物登場

「どこにあるのか誰も知らないサロン」などと言うと不可思議極まるが、蓋を開けてしまえば何という事もない。そもそもサロン・ド・リルは店舗経営ではないのだ。


どこかの施設の一室を借りて施術を受けるのだが、しかしドロシーもそれ以上の事は良く判らなかった。どうもホテルなどとは違う気がする。ではここは一体どこなの?とは思うが、施術が始まってしまえばそんな事はすぐにどうでも良くなる。


このあまりにも気持ちのよいエステやリラクゼーションは他のどんなレジャーや休養よりも勝った。実際に施術中は寝てしまうせいもあるが、睡眠不足など一発で消し飛ぶし、身体に不調があっても施術で完璧に治っている。なんと歯や骨に関することも治ってしまうのだ。もはや完全医療施設である。


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「こちらへどうぞ」

馭者兼案内役はそう言って案内してくれた。いつも不思議なのだがここは一体どこなのだろう?馬車を乗り継いだとはいえそうそう長くは乗っていない。毎回違う建物に案内されているのは判るのだが、どこも不思議な特徴のなさだった。


まずホテルではなさそうだ。エントランスは小さいしホテルマンのような人間は誰も居ない。どこかのアパートメントのようでもあるが、それにしては人気がないし居住空間の空気と言えるものがない。不思議な空間であった。


そうして施術室に誘われるとエステティシャンらしき人物がいた。


──ああ、だ──


ドロシーは自分でも訳も分からずそう納得した。今まで彼女に施術を施したエステティシャン達は皆一様に美しく魅力的であったが、何か、どう言えばいいのか、どうも個性を感じなかった。とは言えそれはこの瞬間まで特に意識はしなかったが。


しかし目の前のエステティシャンを見た時に直感した。なのだと。どういう理屈か分からないが、今までのエステティシャンは彼女の弟子か、或いは──劣化コピーのように思えてしまったのだ。


「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」


そのエステティシャンはそう言って美しい一礼をしたが名乗りはしなかった。


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ドロシーはいつも通り全裸になって施術台の上にうつ伏せになった。ここでは余計な紙パンツなどはない。まあ大きなタオルで覆ってくれるしさほど抵抗はないのだが。エステティシャンはドロシーの背中を指で撫でると、あらまあ、と声を上げた。


「これはこれは…いけませんわね」

え?何が?どこか悪いの私?


「こんなにささくれ立っているだなんて…」

ささくれ立つ?私の背中そんなに汚いの?


「下の者はまだまだ注意力が足りませんわね…失礼致しました」

その言葉は一応は謝罪なのだが、もっと違う意味に聞こえた。何というか──失敗に気がついた創作者のような。


「ミルウォッチ様はさぞかしご不満がおありでしたでしょうね」

いえ?とんでもない。ここは私の最高のリラクゼーションルームですよ?そう思ったがエステティシャンはとんでもない事を言った。


「これでは乙女と変わりません。いえもっとひどい。初潮すらまだとしか…」

ちょっとまってすごいこといわれた。


「え?ええと?」

意味が判らずそう声を上げてしまった。


「でもご安心ください」

エステティシャンの顔は見えなかったが微笑んだ事は判った。しかも何か妙な迫力も感じた。なんだろう?すごく怖いけどすごく楽しみ?


「そうですねえ、ミルウォッチ様が乙女だとするのでしたら」

こんなお話は如何でしょうか?とエステティシャンは言った。


「それはとある少年のお話です」

そう言ってエステティシャンは施術と共に語り始めた。

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