サロン・ド・リル

@samayouyoroi

第1話 伝説のサロン

女性専用高級エステ「サロン・ド・リル」は伝説の名店である。エステサロンという看板ながらリラクゼーションやアロマ、ネイルやマッサージでも何でもござれの女性専用整体施設である。そしてその価格は笑ってしまう程の値段でもある。


「一回は行ってみたいよねえ」


サロン・ド・リルを知る女性なら誰でもそう言うが、普通の務め人の月給に匹敵するその金額を出せるものなどそうそうおらず、またこのサロンは完全紹介制で、しかも初回は紹介者同伴でないと受け付けてくれないという敷居の高さでも有名だった。


「女性のお身体に携わる事ですので」


オーナーの女性はそう言って一切の取材を断っている。そもそもこの店がどこにあるのかは誰も知らない。従業員すら知らないと言われている。ではどうやってその店に行くのか?というと、完全送迎制の馬車で行くしかない。その馬車も窓がカーテンで覆われているし、馬車の乗り継ぎすらある。徹底的な秘密主義で隠されているのだ。


しかしその効果は絶大であった。もはやその効果はエステなどというレベルを遥かに通り越して、現代魔法では実現できないとされる若返りを実行しているとしか思えない程のものである。その実際の逸話は多数存在する。


例えば大女優クリスティン・ウォーヴァーホールはこのエステの最初期の客である事もあり、今なお孫より若く見える美貌を保っていた。


例えば女性芸人キロセス・マージは企画でその店に行って「とにかく一日で痩せれるだけ痩せたい」と言ったら一日で50kgの脂肪を落としてしまい、容貌が変わりすぎてしばらくは仕事がなくなって苦労したという。


そして、そんな逸話にすら絶対に出てこない特殊なスペシャルサービスこそが、このサロンをして伝説としている大きな理由でもあった。


---


ドロシー・ミルウォッチはどきどきしながら自宅で約束の時間を待っていた。こんなにどきどきしたのは何時ぶりだろう。


おしどり夫婦と言うのはあくまで表立ったポーズでしかなかったが、それでも普通の夫婦として6年の時を共に過ごした夫が、突然離婚を切り出してきた時は呆気に取られて二の句が告げれなかった。


「君には本当に済まないと思っている」


夫はこの家を含めて財産のほとんどを譲るとも言ったが、ドロシーはただ呆然とするしかなかった。彼女の感情が怒りに支配されたのは相手の女を見た時である。なんとその浮気相手は若い頃のドロシーそっくりなのであった。


──私の個性より若さがいいのか!──


怒り狂ったまま離婚届にサインし、譲られた自宅の中で大暴れした彼女がようやく落ち着くと、虚無感に襲われた彼女はしばらく仕事を休むことにした。三ヶ月程も休んで心の傷が癒えた辺りでエステティシャンは彼女に話をもちかけた。


「ミルウォッチ様も少しお気を紛らわせたほうがいいかも知れませんね」


一瞬どういう意味だか判らなかったがすぐに気がついた。ついにあの伝説のサービスを受けないか?と誘われたのだ。


「…興味はありますが…」


ドロシーは正直に言った。が、怖くもある。最初は下世話な興味本位だったのだが、その話を聞くうちにどうやらこれは阿片なみのヤバイ話であると気がついた。


「そうですか」


エステティシャンは声音を変えずにそう言っただけだった。そしてドロシーは気がついた。これは断ったと判断されたのであり、そして今この時を逃しては二度とこの話をされる事はないのだと。それはさすがにもったいない。


「受けます!」


ドロシーはそう言って思わずエステティシャンの腕を掴んでしまった。エステティシャンはにっこりと笑って彼女の申し込みを受託した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る