第2話 大切な人と過ごす時間は人生を豊かにする。

 ある日、美羽は焼きたてのアップルパイを抱えて町のコミュニティーセンターへ向かっていた。

この町では月に一回ほど、現在子育て中の世代と、現在子育てがひと段落した世代の交流会が開かれているのだ。

今回は美羽に講師の依頼が来たため、美羽は朝から腕を振るって旬な林檎でアップルパイを焼いて交流会に持って行くことにした。


-子育ての講師なんて…。

正直、自分の子育てに自信なんかないし多くのことを語れないけど、今日集まってくれた方々が旬な林檎を味わってハッピーになってくれたら良いな。-


美羽はコミュニティーセンターの会場に着き、早速アップルパイを振る舞うために皿に取り分け始めた。


「こんにちはー!」っと一組の若い夫婦と2歳くらいの男の子が入って来た。

その夫婦達の後から、続々と参加者が集まって来た。

夫婦で来る人、父親と子で来る人、じっくりと子育てについて学びたいと子を家族に預けて母親だけで来る人など、皆それぞれの顔ぶれだった。

よく見ると、集まって来た人達は、ラ・ブリエールに一度は来てくれたことがある顔ぶれだった。

その顔ぶれを見て美羽は、少しだけ緊張感がほぐれてホッとした。


参加者が全員揃ったので美羽は挨拶をした。


「今日はお忙しい中、お集まりいただきましてありがとうございます。

早速ではありますが、今日のためにアップルパイを焼いて来ましたので、まずはぜひお召し上がりください。」


そう言うと参加者は皆、笑顔になった。


素材にこだわったシンプルなアップルパイはラ・ブリエールの看板メニューなのである。


美羽はアップルパイにミルクアイスを添えて皆に振舞った。


少し酸味がある林檎に口溶けの良い甘いミルクアイスがとっても合うのだ。


そして、大人には紅茶を、子供には無添加素材にこだわって作ったという林檎ジュースを入れてあげた。

この紅茶も林檎ジュースも夫婦が、

「食の旅」と称して出かけた時に見つけて来たものだった。

紅茶はインドで、林檎ジュースは長野の農家で出会ったものだった。

美羽は美味しいものを見つけたら人にお勧めしたくなってしまう性分なのだ。


美味しそうにアップルパイを頬張る参加者達の顔を見て、美羽はほっこりとした幸せな気持ちになっていた。


「では、早速ですが子育てのお話を始めましょう。

簡単な自己紹介になりますが私、一之瀬 美羽はラ・ブリエールという店でケーキ屋をしています。

皆さんご存知かも知れませんが、店のもう半分は夫が酒屋をしています。

私達、夫婦はとにかく食べる事と喋る事が大好きで口が閉じているのは寝ている時くらいなものです。

いえ、もしかしたら寝ている時でも食べてる夢をよく見るので常に口は動かしているかも知れませんね。」

参加者は皆、美羽の話に思わず笑った。

参加者は皆、ラ・ブリエールの夫婦の人柄を知っているのだ。


美羽は、ちょっとした冗談で会場の雰囲気が一気に柔らかくなったので、ホッとして話を続けた。


「子育ての話になりますが、私には二人子供がいます。もう二人とも大人になって、それぞれ家から出て行きました。

私は自分の子育てが良かったのかどうかは未だに分かりません。

何か徹底した教育なんかも全くしませんでした。

私自身仕事をしていたので、働きながらの育児でした。

ずっと家にいるお母さんじゃなかったので、もしかしたら子供達には寂しい思いもさせたかも知れないです。」


美羽は講師という立場だったが、だからと言って何か特別な立派な事を言うのではなくて、自分自身の経験を正直に話そうと決めていた。


「一つだけ家族について夫と決めた事がありました。

それは、夕食は家族全員で一緒に食べよう。と言うことでした。

どんなに仕事が忙しくても夕食の時間までには家に帰って家族全員で食卓を囲み、

同じものを食べて会話をしようと言う約束でした。

実際にこの約束は子供達が高校を卒業するまで守られ続けました。

正直、仕事が忙しい時はお惣菜を買って帰ったり、私と夫の母親達からおかずを作ってもらうこともありました。

それでも、一日のどこかで家族と過ごす時間があるのはとても幸せな事でした。

例えば、子供達は小さい頃は苦手な食べ物が多かったのに小学生になると、その苦手だったはずの物がちゃんと食べれるようになったり、

一番驚いたのは中学生頃から食べ盛りで、一気に食べる量が増えたこと!

いくらご飯を炊いても足りない時は流石に焦りましたね〜。

子供達と一緒に食事をすることで子供達の成長を感じれたので、今でも良い思い出です。」


美羽は話しながら、幼かった子供達の表情や、食卓で皆で話した会話の内容など思い返して心がじんわりと温かくなった。


美羽が一通り話終わると、子連れで来ていた一人の女性の参加者が手を上げた。


「美羽さん、質問があるんですが…。」


美羽は笑顔で「どうぞ。」と答えた。


「私も働きながら子育てをしています。

子供は3歳で、夕方仕事が終わってから保育園に迎えに行って、それから夕飯の支度をしたり、洗濯機を回したり、

また保育園からもらったお便りに目を通したり、

けっこう毎日慌ただしくて大変です…。

夫は今、単身赴任で県外に行っているので、実質、私一人で子供を見ているような状況で、子供に寂しい思いをさせていたらと心配になります。

ただ、食事はちゃんと栄養のあるバランスの取れたものを食べさせたくて、

それに母親として、なるべくは私が作った物を食べさせたくて…。

食事に関しては毎日試行錯誤の繰り返しです。

例えば、何か簡単に作れる栄養満点なメニューとかありますか?

また、美羽さんが利用していたお惣菜屋さんって、どこのお店ですか?」


美羽は話を聞いて、自分の過去の経験を思い返した。


-懐かしいなぁ。

私も同じような悩み抱えたことあったなぁ〜。

子供が3歳の頃、色々ある時期だよね。

分かるなー。

でも3歳の頃って、たまらなく可愛い時期だよね♡-


美羽は少し考えてから答えた。


「毎日お一人でお子さん見てるんですね。

それは大変だ…。

3歳の頃って特に大変だったなって自分の子のことを思い返しても痛感します。

だって本当によく動くし、

自我が強くて何でも自分でやりたがる、

それなのに、失敗して上手く行かないと泣いて怒ってみたりしてね。

風邪もよく引く時期だしね。

でも、そんな中でお子さんのために食事のことをしっかりと考えていなさって、

本当に素晴らしいと思います。

お子さんもお母さんの愛情をちゃんと感じていると思いますよ。

だから寂しい思いはさせていないと思います。

そうですねぇ〜。

でも、しっかりと料理しようと思うとやっぱり時間は掛かるし、それが毎日の事となると大変だと思いますよ。

お勧めできるとしたら例えば、

私が最近よく使っているのは電気調理器とかかな。」


参加者達は、美羽が作る繊細なスイーツから、自宅で作る食事もさぞかし手の込んだ物なんだろうと思っていたので、美羽の発言に少し驚いたようだった。


美羽は続けて話した。


「電気屋さんに行くと、最近は色んなタイプの便利な電気調理器具があって、

見ているだけでも楽しいですよ。

最近うちが使っているのは電気圧力鍋かな。

例えば、仕事に行く前に材料を切って鍋に入れて調味料を入れて、最後にタイマーセットしておけば仕事が終わって帰る頃にはできあがってると言う感じにね。

最近はオーブンレンジも多機能型に買い替えたから、

それで肉魚を焼いたり、野菜の下茹でなんかもレンジでやっちゃってるかな。

凄く便利だし、基本オートでお任せだから、その間に手が空くでしょ。

その時間で他の事ができちゃうから、すごい便利なの。」


参加者達は「おー!」と納得していた。


「それから、私がよく行くお惣菜屋さんは、うちの店の道を挟んで右手斜め向かいの、

あじわいっていう名前のお店です。

和食が特に美味しくて、煮物なんか優しい出汁の味が染みていて絶品なの。

どうしても、体一つで動くとなると時間も体力も限界があるし、

どこかに頼ってしまった方が自分も楽だと思います。

大変だと思うけど、お体を大事に無理せず頑張ってくださいね。」


質問した女性の眼にはうっすらと涙が滲んでいた。


「美羽さん、丁寧に答えてくれてありがとうございます。

私は、何でも子供のためなら母親として完璧にやらなきゃ、

そうでなければ良い母親にはなれないって思い込んでいたのかも知れないです…。

もうちょっと心に余裕を持ってみようと思います。

次のお休みに電気屋さん行ってみようかな。

あじわいも行ってみますね!」

そう言って女性は少し安心した表情になった。


すると他の参加者からも声が上がった。


「今の話すごく良く分かります〜!

母親なんだから何でも子供と家庭のためにちゃんとやらなきゃみたいな見えないプレッシャーみたいなのが結構私も辛いです…。」

他の参加者達も「分かる〜!それ!」と言う声が上がっていた。


すると一組の子連れで来ていた夫婦の参加者が、先程質問した女性に言った。

「旦那さん単身赴任されてるんですね。

しかも仕事もしていると言うことで大変ですよね…。

あのもし良かったら、何かあったら声掛けてください。

助けられることがあれば力になりますよ!

遠慮しないでください。

やっぱりこういう時代だからみんなで協力して子育てしないとって思うんですよね!」


そう言われて女性は少し驚いた様子だったが、

「ありがとうございます。」

と嬉しそうに答えていた。


すると他の参加者からも

「うちも協力しますよ〜!

ってか、みんなで助け合いましょう!」

と声が上がった。


いつの間にか交流会はなんだか、とっても良い雰囲気になって来た。


-みんな子育ての悩みは一緒なんだな。

特に最近はご近所さんとか、横の繋がりも薄くなっているし、核家族も増えているし、

内に篭って悩んでいる人が多いのかも知れない。-

美羽は皆の話を聞きながら、そんな事を考えていた。

会は終始和やかな雰囲気で進んで行った。


子育ての悩みの話などをしているうちに、

すっかり参加者達は意気投合して打ち解けた感じだった。

そんな状況を見て美羽は、今日ここに来れて本当に良かったなと思った。


また、同時に課題ができたような気もした。


-私が、この町のために何かできることがあるかな…?

これから未来を担う子供達はもちろん、その子達の親が、のびのびと穏やかに心豊かに暮らせたら良いなぁ。-


そんなことを考えていた。












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