火蜂撃退ケーキ
麻々子
火蜂撃退ケーキ
このみさんはケーキ屋さんです。お休みの日は、近くの運動公園に散歩に出かけます。
その日、丘の上にある運動公園のベンチに座ってこのみさんは遠くの街並みを見ていました。
ブーン。
耳元でミツバチの羽音がします。
「あら、ミツバチだわ。そうだ。今度の新作ケーキは、たっぷりハチミツを使ったものにしようかな。きっとおいしいものが作れるわ」
このみさんが、そんなことを考えていると
「ねぇ、おいしいケーキが作れるの」
ミツバチの羽音が話しているように聞こえてきました。
「あら、あなた、話しているの?」
このみさんが聞きました。
「そうですよ。あなたはおいしいケーキがつくれるの?」
ミツバチが聞きました。
「そうよ。ケーキ屋さんをしているから、おいしいわよ」
「ほんとにおいしい?」
「もちろん」
「じゃ、いっしょにきて」
「どこへ」
「ビーたちの村です」
「ビーって、あなたの名前?」
「いいえ。ビーたちは自分のことをみんなビーっていうんだ」
このみさんは、うんうんとうなずきました。働きバチにはオスもメスもない事をおもいだしたのです。
「ビーの名前は、ロクっていうんだ」
「ビーたちの村って、ミツバチの村のこと?」
「そうですよ」
「ハチミツをいっぱいいただけるのかしら」
「そんなこと、いいから。こっち、こっち」
ミツバチは、運動公園の森エリアの方へ飛んで行きました。
このみさんは、何か面白そうな事がおこりそうな気がして、ロクの後をついていきました。
森エリアを抜けると広い原っぱに出ました。
そこには、たくさんのミツバチが飛んでいました。
「ここがビーたちの村です」
ロクはうれしそうに羽をふるわせこのみさんにいいました。
「ねぇ、みんな。おいしそうなものがつくれる人間を見つけてきたよ」
ロクはそういって飛びまわりました。
「たれだい。この人間は」
「ほんとうにおいしいものがつくれるのか」
「あやしいな」
「ためしてみきゃわからんな」
ミツバチたちはわいわい話しながらこのみさんの周りに集まってきました。
もう、どのミツバチがどのミツバチかわかりません。
「どうしたというの」
このみさんは、おどろいて立ち止まってしまいました。
「ビーたち、おいしいものを作れる人を探していたんだ」
ロクが話し始めました。
ビーたちの村は、お花畑がいっぱい広がっていて、みんな楽しくくらしていました。働くのに疲れたら歌ったり、踊ったり、遊ぶことも自由にして楽しんでいました。
ある日、となり村のミツバチから火蜂がやってくるらしいという知らせがもたらせました。火蜂というのは伝説の怪獣です。からだも大きくてあばれもので、山々や村々に火をはき、村をおそっては、ためてあるハチミツを食べてしまうといううわさでした。
知らせをうけビーたちは、どうしたら撃退できるか蜂巣に集まって相談しました。
「みんなで協力すれば、火蜂だってやっつけられる」
「そうだそうだ。みんなでとりかこんでやっつけよう」
「でも、近づいたら火をふかれるよ。ビーたちが焼け死んじゃうよ」
「じゃ、寝かしてしまうというのはどうだろう」
「どうすればいいのさ」
「お腹がいっぱいになると眠くなるよ」
「うん。ビーもお腹がいっぱいになったら眠くなるよ」
「あ、ビーも」
「うん、ビーも」
「よし、それでいこう」
「火蜂のお腹をいっぱいにするには、ビーたちの村の蜜を全部集めても足らないよ」
「それも、そうだ」
「どうしよう」
「どうしよう」
「人間の世界には、いっぱいおいしいものがあると聞いたよ」
「うん、聞いた事がある」
「ビーも聞いた」
「でも、おいしいものってどんなもの?」
「わかんない」
みんなは、ハチミツいがいのおいしいものがどんなものかよくわからないのです。ビーたちは、また考え込んでしまいました。
「それに、おいしいものをどうやってここに持ってくればいいのさ」
「どうすればいい?」
「どうしよう?」
「やっぱり、ダメかなぁ」
「誰かが連れてくればいい」
「そうだ」
「そうだ」
「誰がいい」
話し合っているビーたちの目が、いっせいにロクの方へ向けられました。
「ビー?」
ロクが自分を指差しました。
「ロクは、いつも人間世界に遊びに行ってるじゃないか」
「そう、ビーたちが働いてる時もふらふら行ってるよな」
「みんな、気づいてたの?」
ロクは、申し訳なさそうにいいました。
「よし、ロクがこの森を抜けておいしいのもが作れる人間を連れて来るよ」
いっぴきのミツバチが輪から飛び出しました。
「わかったわ。私がおいしいケーキを作ればいいのね」
このみさんがいいました。
「ケーキってなんだ?」
「食べたことないけど」
「おいしいのか?」
「お腹がいっぱいになるのか」
ビーたちがまた騒ぎ始めました。
「静かにして、私もちゃんとしたパテシエよ。火蜂を眠らせるぐらいおいしいケーキをつくってみせるわ」
このみさんが大声で言いました。
一瞬静かになったミツバチたちは、次の瞬間
「よろしくお願いします」
声をそろえて言いました。
このみさんは一度家に帰っておいしいケーキを作ることにしました。
三日がたちました。
その日も、このみさんは考えていました。こんどの注文は、一つのミツバチ村の存続に係るものです。どんなケーキがお腹をいっぱいにして眠くなるのでしょう。
「眠くなる。眠くなる。眠くなる……」
このみさんは、そうつぶやいているうちにほんとうに眠くなってしまいました。
「あ、眠っちゃダメだ。眠くなるケーキを考えなくっちゃ」
目をさましたこのみさんは、ふと火蜂と八岐大蛇の伝説がかさなるような気がしました。
「お酒が、いっぱい入ったケーキを作ればいいんだ。ハチミツもいっぱいいれば、火蜂もハチミツには目がないらしいから、一気に食べるにちがいないわ」
このみさんは、さっそくキッチンに立ちました。
薄力粉をふるい、バターと三温糖、卵を混ぜ日本酒ペーストをつくり、たっぷり入れます。
オーブンで焼いて、冷ましたら、ここからが勝負です。
このみさんは、ニヤリと笑いました。
実は、冷蔵庫には酒屋さんからもらったふわふわのクリームのような酒粕が入っていたのです。
「この酒粕をもっともっとホイップしてっと」
カシャカシャ大きな泡立て器をふるいます。
焼き上がったケーキの上にふわふわクリームの酒粕を乗せます。その上にロクたちから預かったハチミツをたっぷりかけました。
「うーん。お酒いいの香り。香りだけでも酔ってしまいそう」
キッチンの窓を誰かがたたいています。
「このみさん、急いでください。火蜂がきます」
ロクです。
「できたわよ。さぁ、これを持っていきましょう」
ビーたちは、村の中央に酒粕ケーキを置き、火蜂がやってくるのをまちました。
やがてゴォーゴォーと火をはいて龍のような火蜂がやってきました。火蜂は、ミツバチの何十倍も大きなからだと、透き通ったコウモリのような翼を持っていました。
ビーたちは、だまってそのようすを自分たちの巣の中から見ていました。
このみさんは、遠くの大きな木にかくれて見ています。
火蜂は酒粕ケーキに気がついたようです。
「これは、何だ」
空気を震わせるほどの大きな声を出しました。そして、ぺろっとハチミツをなめました。
「うまい。これは、大人の味だ」
ハチミツを酒粕となめ、酒の入ったケーキもパクパクどんどん食べていきます。
食べ尽くした火蜂は、気持ちよさそうに眠ってしまいました。
ビーたちが、勇気を出して火蜂に近づきました。
ゆすってみても、起きません。
「今だ。みんな剣を抜いて火蜂をとりかこむんだ」
ビーたちは、羽を寄せ合い火バチをとりかこみました。
「なんだこいつら!」
とつぜん火蜂が目を覚ました。
火蜂にくらべると、ビーたちはとても小さく見えました。
ビーたちにかこまれた火蜂があばれはじめました。火をふこうと大きな息をすいこもうとしましたが,ビーたちがとりかこんでいるため、息ができないようです。
「すき間をつくちゃ、ダメだ。そのすき間から息をすって火をふかれちゃう! かこむんだかこむんだ」
ビーたちは、いっしょうけんめいからだを寄せ合いました。が、いっしゅん
開いたすき間から火蜂は息をすいこみ火をふいてしました。
「ワーッ」
ビーたちは、逃げまどいました。
そのときです。
ロクが火蜂の背に乗りおそいかかりました。
ロクはあばれる火蜂の頭や背中をお尻の針で突きさし続けました。
火蜂は、ますます大量の火をはきのたうち回りましたが、頭に乗ったロクはふりおとすことができませんでした。
「ああ、鬱陶しいチビめ。俺は、眠たいんだ。退け!」
「もう、二度とビーたちの村にはくるな。わかったか」
ロクもさけびます。
「ああ、こんな村、来てくれと頼まれたってもう二度と来るか。オレ様は、巣に帰って寝る!」
酔っ払った火蜂は、フラフラと飛びながら山の方へ帰って行きました。
「わーい。火蜂に勝った」
ビーたちは、このみさんのところに集まってきました。
「よかった」
「よかった」
みんな大喜びです。
「ねぇ、このみさん、火蜂がまた来たらケーキを焼いてくれますか?」
「ええ、喜んで焼きますよ」
「火蜂撃退ケーキ、バンザイ」
「バンザイ」
「ばんざい」
ロクがこのみさんの耳元まで飛んできました。そして、小さい声ででいいました。
「でも、ビーは、あのケーキを少し食べてみたかったなぁ」
「いいわよ。こんどお店に来たら少しなめさせてあげるわね」
このみさんは、にっこり微笑みました。
了
火蜂撃退ケーキ 麻々子 @ryusi12
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