ボクは今日も、あの子に赤い校正を入れられる。
椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞
新人賞締め切りまで、あと二四時間
「ほらココ、誤字あるやん」
「はあい」
ボクの原稿に、また赤が入った。
ペンが入った箇所を確認し、ボクはまたノートPCと向き合う。
結菜は、プリントアウトしたボクの原稿にペンを入れてくれる。
本職じゃないが、読書家なので苦ではないという。
「あんたマジで、新人賞大丈夫なん? こんな調子でさあ」
新人賞の一次選考は、誤字や構成などの基本的なところで落とされる。
面白いかどうかは、基本の選考を突破してからようやく見てもらえるのだ。
「内容は、問題ないんやけどさ。誤字が多すぎんねん」
「集中できてへんね」
くう、とお腹まで減ってきた。
気がつけば、もう深夜一時じゃないか。
リミットは、あと二三時間を切っている。一日もない。
「もう。ちょお待って」
結菜が席を立つ。
フィルムをベリベリと剥がす音と、お湯を注ぐ音がする。
おダシの香ばしい香りが、ふんわりと漂ってきた。
「あんたは五分待っとってな」
「えええ……」
ボクに用意されたのは、「待ち時間五分」の『赤いきつね』だ。
一方結菜は、『緑のたぬき』である。待ち時間は、「三分」でいい。
「いいなぁ」
「ぼーっとしてんと原稿はよ」
「はいはい」
結菜が割り箸を割る音を聞きながら、ボクはノートPCで原稿に取り掛かった。
三分が経つ。
おそばのオツユから漂う香りが、ボクの鼻に押し寄せてくる。
「いただきまーす」
まず結菜は、おそばに浮かんでいるかき揚げを崩す。
「かき揚げをオツユでふやけさせて、そばと一緒にシャクっといくのが、『緑のたぬき』やんねぇ」
ズルル! っと、勢いよくおそばをすする。
「ああ、おそばとかき揚げが絡んで最高」
モフモフ言いながら、結菜は幸せそうな顔をした。
ボクの視線を感じて、結菜は容器をボクの視界から離す。
「あたしはお仕事したの。あんたはこれからやろ?」
「ボクはずっと原稿書いてたやんっ」
「ええの、ほらあんたも五分経ったで」
いけない、いけない。我を忘れるところだった。
赤いきつねのフタを剥がす。
「いただきます」
お揚げをツユの中へ押し込んだ。
ツユを吸って、お揚げが泡立つ。
これだ。『赤いきつね』は、この瞬間がたまらない。
ツユの染み込んだお揚げを、口に。
もう、言葉にならない。
小説執筆で培った語彙力が、半分ほど持っていかれた。
本当においしいものの前には、言葉はあまりにも無力だ。
「ゴメンな。もうちょっと料理上手やったら、夜食くらい」
「ええねんて。こうして校正してくれるだけでもうれしいて」
それに、一緒にいてくれるだけで。
「ああ、幸せや」
「ホンマやな。おいしいわぁ」
「せやなくてさ」
それ以上の語彙は、彼女によって失われた。
口づけだけで、全部知られてしまうから。
ボクは今日も、あの子に赤い校正を入れられる。 椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞 @meshitero2
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