第17話 何も変わってはいない
元旦はのんびり、二日は正の知り合いが少し、挨拶に訪れた。
三日は、いきなりにぎやかになった。
宙と樹、風太という大学生トリオがやってきたのだ。
久しぶりに孫に会えた正は手放しで喜んでいた。樹たちも、若い人が来てくれると楽しい、と大歓迎された。
しかし由宇はまたまた緊張を強いられた。仁の息子と顔を合わせることになったから。
眉と目元が仁にそっくりだ。親子なんだなあ、と感慨深かった。
この子が宿ったために、自分は仁と別れる運命になった。仁が離婚し、ともに生きる夢は消え去った。
デリバリーの寿司を囲んで、男だけの宴会、と正は思っただろうが、本筋は正が引き上げてからだった。
室内に、ほっとした空気が流れた。
「お茶いれるね」
これからは酒抜きで真面目な話、ということだ。仁と由宇はもともと飲んでいなかったが。
宙は正の孫だが、友人の樹と風太、そして父の仁と同居を始めた由宇は、それぞれゲイカップルなのだ。少なくとも現状では正に事実を伝えることはできない。
「あらためて紹介するね。父の仁と、由宇さん。ここでずっと暮らす予定」
よろしく、と二人が頭を下げる。
「こっちは友人の樹と、彼氏の風太くん。高校時代からの付き合いで、同棲中」
宙に紹介され、こちらも会釈した。
高校からの付き合い、と宙から聞いてはいたが、いかにもお坊ちゃん風の二人が将来を誓い合っていると聞いて、由宇にはなんとも眩しい。宙もだが、皆当然のように大学に通っているわけだし。
樹が、仁に向かって、
「あの時は本当にお世話になりました。親にカミングアウトするときは助言してくれるって聞いて、安心しました」
「そんなこともあったね」
仁もあの時は驚いた。
もしおまえが同性のことで何かあったら、ちゃんと言いなさい、そんなことを仁は宙に告げたが、反応してきたのは樹だった。風太と東京で同棲する、親に事実を打ち明ける時に力を貸してほしい、そんな内容だったが。
今、自分は由宇と生きると決意した、高校生の樹と話したあの時は、由宇と再会できるとも、同じ人生を歩むとも思わなかったのだ。
自分が悩んだから、もし宙にゲイの自覚があるなら率直に言ってほしかった。
「親には、自分たちで伝えます。まだいつになるかわかりませんが」
風太は、そんなふうに言った。
「そう、それがいいね」
正直、今の自分が彼らの親に会っても。うまく説得できるか自信がない、あの時は友人の理解ある親。いまは当事者になってしまっている。
「樹くんたちは親が、最大の問題だね」
説得できなくても意志を貫くことはできる。だが自分たちの場合は。
夏美の怖い顔を思い出して、仁は憂鬱になった。
「とうさん。その後、かあさんとは?」
「進展なしだよ、年末でバタバタしてたし」
苦笑するしかない仁。
「まあ、ゆっくりやっていくよ」
「別居して、ちゃんと離婚できるの?」
宙の質問に、仁は困惑した。
ケースバイケースとしか言いようがないのだ。
「別居の平均は二年かr三年ということだが」
「そうなんだ」
その程度で離婚成立か、と宙は解釈したようだ。
「それは離婚にこぎつけた場合の話。どちらかが拒否すれば、何年もかかるそうだ」
下手すれば一生そのまま、と聞いて、由宇は、
「俺は、別居のままでも」
と、仁の顔を見る。
「いや、別居ではダメだ」
ちゃんと離婚して、由宇と暮らしたい。
仁の言葉は由宇にも理解できる。今のままでは自分は、不倫相手と同棲する厚かましい男、と見られても仕方がない、指一本触れていません、と言ったところで誰が信じるのか。
「同性婚は、日本では当分、無理だろう」
ため息交じりに仁が言う。
「パートナーシップ制度ではダメなんですか」
「ダメダメ。ICUにも入れないんだから」
風太の問いに、仁は即答した。
パートナー申告したからといって、集中治療室に立ち入ることさえ許可されない。
「とうさんに何かあったら、僕が由宇さんをICUに入れてもらうよ」
「ああ、頼む」
息子が、由宇は親族だと言ってくれればOKだろう。心筋梗塞の時は、気がついたらICUのお世話になっていた。二度と御免だが、いつどうなるかは予見できない。
「あの」
由宇が口を挟んだ。
「トモちゃん、俺の友達だけど。トモちゃんの彼氏も、エイズが発症しちゃって、やっぱりICUには入室できなくて」
智己は恋人の孝之と、入院後は会えなくなり、死に顔も見られなかったのだ。
「俺が学生の頃、エイズは不治の病と言われてた、もう三十年も前だけど」
「クイーンのフレディも、エイズで亡くなったんですよね」
樹が言うと、由宇は、
「トモちゃんの彼氏は、フレディと同じ年に亡くなったと聞いてます」
みんな、無言になってしまった。
「彼氏が死んだ翌日に、トモちゃんは追い出されたって」
「ん?」
若い三人は怪訝な顔になる。
孝之名義の部屋で同棲していたが、智己はただの居候扱い、そうされても仕方ないのだ、と由宇は言った。
「そうなんだよ。共同で住宅ローンを払っていたとしても、名義人が亡くなれば、同居してる恋人には何の権利もない」
仁が渋い顔で言った。
「三十年たっても、何も変わらない。LGBTなんて耳触りのいい言葉はできたけど。今でもエイズはゲイだけの病気だと思ってる人もいる」
「ええっ」
「なんで」
樹、風太に宙も驚きを隠せない。
「ゲイ独自の病ってイメージが強烈だったんだよ、実際には異性間の感染も多かったんだけどね」
今時、先進国ではエイズで死ぬことは、まずない。
智己たちも、エイズさえなければ、少なくとも今だったら命を落とすことはなかった。穏やかに同居を続け、一緒に年を重ねていただろう。由宇は悔しくてたまらない。
「樹くんたちは、人生これからだ。日本で同性婚を実現させてくれよ」
仁が話題を変えたが、
「はあ」
なんとも煮え切らない返事が返ってきただけだった。
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