第11話 親も子も選べない
二十一年ぶりに由宇と再会した後、二か月に一度、仁は東京に出た。ターミナル駅の上野で会うことになり、出会いの東上野方面の改札で待ち合わせる。月日が流れても、こちらは特に再開発もなく、時の流れを感じさせない。
二人の関係は、変わった、というか変わろうとしている。ふたたび会うことはできたが、これからどうするのか。
「このままでいい」
と由宇は言った。時々会って話をするだけで十分だと、消息も掴めず悶々とした日々を思えば、今は天国だと。
仁の思いは違う。心筋梗塞で倒れた時、由宇に会うまで死ねない、と思った。病院のベッドで意識を取り戻した時、なんとしても由宇に会うと決意した。とはいえ、会えないかもしれないのだ。倒れる直前までは、由宇のことは思い出として胸の奥に秘めていればよかった。
「由宇はどうして、俺のことを忘れなかったんだ?」
真顔で尋ねると、由宇は薄く笑った。
「わかりませんよ。忘れてしまえば楽だし、いつかそうなると思っていたのにね」
夏の終わり、由宇は熱心な誘いに負けて、はじめて仁の故郷を訪れた。
期待と不安で揺れる中、小さな駅に降り立つ。
改札まで、仁が迎えに出ていた。
由宇は、夢を見ているのかと思った。
「田舎でびっくりしただろ」
「ううん。のんびりしていいところですね、なんかこう、眠たくなるような」
「そうだよな」
運転席に座ると、仁はメガネをかけた。
「トシだからさ」
「メガネも似合いますよ」
運転する仁を見るのははじめてだった。
「なんか新鮮、仁さんが運転するの」
由宇の部屋で会うのがほとんどだったから、余計にそう思うのか。
仁は前を見たまま、
「由宇は、免許持ってるの」
「ええ、一応」
「よかった。このへんは車がないと移動が大変だから」
意味が分からない。このへん?
「由宇。こっちに来いよ」
ちらっと横を向き、仁が言う。由宇は何も答えられなかった。信号待ちで仁は由宇の眼を見た。
「ここで一緒に暮らそう」
「無理ですよ」
由宇は心底、驚いた。
「夏美とは別れる。今度こそ離婚する」
だからこの町で、実家で一緒に、と仁。
「奥さんに、離婚するって言えるんですか?」
「言うよ」
「本当かなあ。本当に言えたら、その時考えます」
以前のことがあるし、そう簡単に信用はできない。
仁の本音がわからない。
「俺は本気だ」
そう言ってくれるのだけれど。
しばらく走り、一軒の家の前で仁は車を止めた。
「ここだよ。築五十年以上、ボロ家だけど」
それほど古いとは思えない。門から立派な木が見える。
「あれですか、仁さんが生まれたときに植えた桜って」
「そうだよ。覚えてたんだ、あの話」
忘れませんよ、と由宇はつぶやく。ずっとずっと想像してきた、仁の桜を、仁の実家を。
「五十年もたつと、こんな大木になるんだ」
「さあ。父に紹介するよ」
その言葉に現実を思い知る。由宇の緊張は極限に達した。
宙は、憂鬱だった。
先日の家族会議、意味があったのだろうか。
あれほど母が頑なだとは思わなかった。断じて離婚はしないと言い張り、父も恋人との同居を解消する気はなく、今後も別居は続くだろう、何年先まででも。
今のところ、宙に彼女はいない。両親の争いを見ていると、当分いいや、という気になってくる。
行き詰った宙は、久しぶりに樹に連絡した。
「
「うん」
元気な声が返ってきた。
「けっこう付き合い、長いよな」
「四年過ぎたところ、なんで訊くの?」
今更なに、という疑問が樹の胸に広がる。
「うん、ちょっとね、オヤジのことで」
「お父さん、どうかしたの」
「離婚するっていってんだ」
「えっ」
仁と由宇のことを、宙は打ち明けた。
父は自分と樹の前で言ったのだ、高校生の時、同級生とキスをしたけど、それだけで終わったと。しかし結婚後、知り合った男と深い仲になってしまった。
樹は、どう答えていいか分からない。全くの他人であれば、もちろん男性二人を応援する、長年離れ離れになっていたのが再会し、同じ思いであることを確かめ合ったというのだから。
が、それが親友の父親となると、軽はずみなことは言えない。
「ごめん、長々と」
樹に話してすっきりしたのか、宙の声は少し明るくなっている。
「聞いてもらえて助かった。そのうち三人で飲もう」
「うん」
電話が切れ、今度は樹が憂鬱になる。
まだ、親iには何も話していない。自分がゲイであること、風太というパートナーがいること。
学生の間は、まだいいだろうとその日その日を楽しんでいる現状。
二十代後半になれば親はせっつきだすだろう、彼女を連れてこいだの、結婚はまだか、だの、早く孫の顔を見せろだの言われる。その時になってからでいい、というか告白するのが怖い。もめるのが嫌なのだ。
風太と一緒に、互いの親に打ち開けるか。具体的には何も考えていない。
風太とは、ずっと一緒にいたい。日本ではハードルが高いが、できれば結婚という形で。
同性婚は、若い世代では支持者が多いものの、年代が上がるにしたがって反対が増えていき、六十台以降は、ほぼ全否定という感じだ。
生産性がどうのという政治家もいる。同性同士の結婚では子供が生まれないのは確かだが、通常の結婚でも、心身ともに傷つき多額の費用をかけても出産に至らない夫婦がいる。子供を持たない主義のカップル、独身を選んだ男女も同様で、彼らへの配慮がない発言だと気づかない無神経さにうんざりする。
当然、風太も親には何も知らせていない。
もし事実を知ったら、ご両親はどう思うのだろう。
そりゃおめでとう、幸せに、なんてことにはならないよな。理解ある親を選べるわけではないのだ。
普通は息子がゲイで、男と同棲、結婚したいなんて言ったら卒倒するだろう。親を選んで生まれてはこられない、性的マイノリティの子供たちは苦労するわけだが、父がマイノリティだと知らされた宙も、苦しんでいる。
親も子も選べないのだ、と樹は思い知る。
父親が同性を選んだという現実を、宙はどう受け止めていくのか。
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