第33話 騎士団からの要請

 

 ◇◇城塞都市フィリス騎士団⦅黒獅子の咆哮⦆本部──




「まったく……、本当にとんでもないことをしてくれましたね貴方達は。」



 獅子の紋章エンブレムの刻まれた黒い騎士鎧を纏う端正な顔の男は、目の前に座る二人の少年と少女に向けて、ため息混じりにそう告げる。



 ◇◇◇



 フィリスの⦅大広場⦆での一件のあと、フィンとセリエは騒ぎに駆けつけた騎士団によって団本部へと連行されていた。



 二人は待合室にて一通りの聞き取りをされた後、しばらく待合室そこで待機しておくように言われ、扉に鍵をかけられてしまった────つまり、軟禁されていた。



「これで、今日の宿は完全に取れなくなったな?いや、もうその必要もないか?」



「もう、馬鹿ではありませんの!?そんな事を心配している時ではないでしょう!?」



 セリエがフィンののない冗談を非難していると、ガチャリと扉が開いた



 再び彼等の前に現れた騎士団員は、彼等二人が一度会った事のある男──街の外で出会った巡回の兵士、キースであった。



 ◇◇◇



 街の外で出会った時とは異なり、彼は現在いま額にしわを寄せつつ、二人と報告書を交互に見ながら語りかける。



「あの農夫には口止めをしてあったのですが……それは、こうした大きな騒動になって民草に無駄な不安が広がるのを避けるためです。それをまあ、まさか街に到着したばかりのフィン殿達がこんな風に焚きつけるなんて、あの時街へ誘った私には想像もつきませんでしたよ」



 キースは報告書に纏められた情報を見つつ、ため息をつきながら二人に告げる。



「こうなった以上、もう⦅昆虫大戦バグウォーズ⦆の発生を隠しておくことはできません。それに、その必要もないでしょう。私達の調査でも既に、街への到来は避けられないということが結論として出ていますから」


 キースは、トントンと報告書を揃えて机の脇に避け、フィンの言葉を促すように真っ直ぐ見据える。



「……では、城塞都市フィリスの住人達に⦅昆虫大戦バグウォーズ⦆の発生を伝えることは、時間さえ早まれど確定事項だった。ということか?では、俺たちがした事は大した事じゃないだろう。さっさと解放してくれ、正直なところ、俺たちは⦅レーヴェン⦆行きの⦅飛空艇⦆に用があってこの街に来たんだ。騒がせて悪かった。とっとと退散するよ」



 フィンは、キースから与えられた情報の中から自分達に都合のよい事実を並べ、騎士団本部……否、城塞都市この街からの早期離脱を提案する。



「いえ、フィン殿も本当のところはお気づきでしょうが、既にそれは無理なご相談です。」



 キースは途中から目を閉じてフィンの言葉を聞いていたが、そう言って再び目を開き、次はを見つめ直して口を開く。



「既に、貴方達────というよりは、セリエさんの方ですが……⦅聖女セリエ⦆が現れたという噂は城塞都市このまち全体に広がっています。中には、この⦅大災厄⦆を予見した⦅神⦆が遣わされた⦅女神⦆だ。などという声もある程です。つまり、貴女達はタイミングが良過ぎた。まるで本当に、この世界の⦅ね」



 そこまで言い終えると、キースは立ち上がり、フィンとセリエに向かって頭を下げた。



「城塞都市フィリス、その騎士団長たる父に代わり、騎士団長副官キース・マルゼンシュタインが依頼させて頂きます。フィン殿、セリエ殿──どうかそのお力を、我等⦅黒獅子の咆哮⦆にお貸し下さい」



 そう言って微動だにしないキースを見ながら、フィンは一人思う。



(ルシフェルのやつ……まさか、仕組んだのか?)



 フィンは、キースの言葉に天使の姿をした男の顔を思い浮かべるが、そういえばあの男は時に悪魔の姿をするのだった。彼は改めて⦅観測者⦆という存在の力の大きさを思い知る。それと同時に、後で絶対⦅⦆で文句を言ってやる。そう決めたのであった。




「──フィン……」



 そんな事を考えていると、先程からどこか悲しそうな顔をしつつフィンを見つめていたセリエが口を開いた。



「貴方の気持ちはわかります。ですがわたくしは、としての責務を果たしたいですわ。あの農夫も、広場の住人達も、私のことを⦅聖女⦆などと呼んでくださり、協力を誓って下さいました。私は⦅昆虫大戦バグウォーズ⦆とやらがどの様なものか存じませんが、力の限り闘う覚悟はできていましてよ」



 フィンを見つめる彼女の瞳は、どこか悲しそうなものを写してはいたが、決して弱い光を宿したものでは無かった。



「セリエ……お前……」


 フィンが口を開きかけた時、それをセリエは手で制して言葉を継げる。



「わかっていますわ。フィンが私との⦅初デート⦆をそこまで期待してくれていると言うことは──だけどこれは──」



(あー、これは完全にアレですね。妄想スイッチ入ってますね。)



 その後もセリエの、長い口上は続いた。



 フィンはそれを否定しなかったが、今日一番の長い長いため息を吐きながら目の前にいるキースに目を遣る。



 彼はいつの間にか頭を上げていて、協力要請に⦅同意⦆しようとしているセリエに目を向けていたが、ふと、フィンに目配せをして片目を閉じた。



 ──わかっていますよ、貴方も大変ですね



 そんな⦅⦆が彼から送られてきた様な気がしたのは、果たしてフィンの気のせいであったろうか。


 フィンは瞬きをして再び彼を見るが、そこにはニコニコとセリエを見つめるキースがいるのみなのであった。



 ◇◇◇

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