第3話 初めての⦅死⦆


 ◇◇◇


 俺がラミーと別れてしばらくした頃──



「お、どうやら⦅タイマン⦆の発動条件を満たしたようだな。」



 走り続けていると、ステータスは見られないが、感覚的に明らかにステータスが上昇するのを感じた。


 ラミーは、どうやら完全にあの怪物のターゲットから外れたようだ。



 そして⦅タイマン⦆が発動したということから分かったのは、俺がまだ奴のターゲットから外れていないということだ。




 ──ギャオオオオオオオオウ!!!



 怪物が、その存在を示す様に再び大きな雄叫びをあげる。やはり怪物は、俺の背後に張り付いたままだ。


 いや、徐々に迫ってきているか…




 ユニークスキル⦅タイマン⦆の効果は、格上相手に1対1の戦いタイマンを挑む際、ステータスが倍になるというものだ。


 だがおそらくは、学園生活編育成パートを終了したばかりの俺のステータスを倍にしたところで、あの怪物が相手では5分と持たないであろう。



 そしてその事には、おそらくラミーも気が付いているはず。



 

 ◇◇◇




(──ここは……)



 しばらく森を進んだ時、俺達は丁度木々が途切れ、広場のようになったところに出た。なんだか見覚えのある景色に呼び覚まされる記憶を感じながらも、しかし俺は今は迫り来る脅威に対する反撃を優先した。



 刹那、俺はクルリと反転し、怪物──始まりの災厄ディノケンタウルフへと向き直って一気に加速する。



 俺の急激な軌道の変化に怪物は少しだけ動揺したようで、浅く上体を起こした。




「さて、まあ、不本意なアカウントとはいえねぇ…試せることは試せるときに」



 俺は、ニヤリと笑い──



「試さないとなあ!!」



 攻撃にしたステータスによる渾身の素手の一撃を、怪物の胸に向けて叩き込んだ。






 ──ギャオ!?



 思わぬ強打を受けて、怪物は間抜けな声をあげてタタラを踏む。



「ステの極振りは育成の定番ですよねっと!」



 俺は、一撃を叩き込んだ反動を利用して怪物との距離をとる。



「あれ、もしかしてダメージ通ったか?」



(これを続ければ、いけるか…?)



 楽観的な考えが浮かぶが、それは直ぐに消し飛ばされることになった。




 先程まで視界の正面にあった怪物の巨体が一瞬でブレたかと思うと、左手方向から猛烈な勢いでヤツの両顎が迫る。




 ──バグンッ!




「うわ!っと。危ねぇ!!」



 俺は咄嗟に後ろに跳躍して逃れる──が、間一髪で噛みつきを逃れた俺に対して、怪物はすぐさま続け様にその前脚を振り下ろした。




 頭を狙われたその一撃を、咄嗟に腕で庇う。



 ──ブチブチブチッ!



 筋繊維の引きちぎれる嫌な音がする。怪物の鋭い爪に左腕が引き裂かれ、俺はそのままの勢いで吹き飛ばされた。



「っぐぁああぅ…!」



 余りの激痛に、声にならない絶叫が思わず口から漏れる。


 何とか起き上がり体勢を整えようとするも、怪物はそんな時間を与えてはくれなかった。



 怪物の爪が、俺の脇腹目掛けて真上から振り下ろされる。




 ──ドパッ



 それは俺の着ていた革鎧を容易に切り裂き、腹からは赤黒い何かが盛大に溢れた。




「ぐふっ!一撃かよ…」



 俺はその場に俯けに倒れ伏し、一人嘯く





 ──ドックドック



 あ、腹が……超熱い、これ、血か?

 血ってこんな熱いんだ……




 ──なんてリアルな感触……



 もちろん現実で俺は腹なんて割かれたことはなかったから、それがリアルなものかどうかはよくわからなかった。


 だが、身の内に広がっていくこのこそ、これまで俺が触れたことのない⦅死⦆というものの感触なのだろう。




「……やっぱこいつ、チュートリアルのボスなんかじゃねえな……」





 ──グギャオオオオオオォォゥ!!!



 怪物は勝利の雄叫びをあげている。

 どうやら、俺を食べたりする気は無いようだ。



 大量の出血に、俺の意識が徐々に遠のいていく。



(まあ、これで当初の、アバター死亡によるが発動するはず…)



 そんなことを俺は考えていた。






 ◇◇◇◇◇◇







「ファーストと一緒なら、きっとあたし楽しい冒険ができると思うんだよね〜」



 ふいに、人虎ワータイガーの少女の顔がフラッシュバックする。



「ねぇ!あたし等さ──── これからもずっと2人で、組んでかない?」



 表情からは全く恥ずかしそうな感情は読み取れなかったが、ピンと伸びたままピクリとも動かない尻尾を見て、彼女が緊張しているのはよくわかった。



「俺もお前と一緒なら、退屈はしなさそうだからな──いいぜ。」


 彼女の問いかけに自然と出た俺の答えは、肯定だった。



「ッ──やった…。やった!嬉しい!これからよろしくね!私の⦅パートナー⦆!」



 俺の言葉を聞き、人虎ワータイガーの少女は、ラミーは、満面の笑みを浮かべてその尻尾を振っていた──



 

 ◇◇◇◇◇◇




 あの時、俺がした返事はだった。



 2人で転移門に入り、光が視界に溢れた瞬間、俺はすぐさまし、ファーストという名前と、そのアカウントを捨てた。



 少しでも長くいれば、きっと彼女との冒険に、いや、もしかすると彼女に、どんどん惹き込まれてしまうような気がしたから……



 そして今度は、必ず死なないという約束をも破った。



「ラミー、ごめ……守れない約束……──」



 ラミーに向けた謝罪の言葉を最後まで紡ぎ終える前に、俺は意識を手放した。



 ◇◇◇◇◇

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