第2話 始まりの災厄
◇◇◇◇◇◇
「おお〜い」
何処からか、誰かの間延びした声が聞こえる──
「ん……んん。」
だが、何だかわからないがとてつもなく眠い。
薄く目を開けるが……辺りはまだ薄暗い。メンテは確か夕方頃までかかるはずなので、ゲームにログインするにはまだかなり早い時間のはずだ。
◇◇◇
「お〜い、ファースト〜?お〜いってば──!」
「んん〜あと5分……」
「もう!さっさと起きろこのー!」
──ズドン!
「ぐぇっ!何すんだよ!」
脇腹への強い衝撃を受け、たまらず上体を起こして周りを見ると、俺は何故か
(あれ……?え、俺自室で眠ってたはずなんだが……)
そして、目の前にはオレンジの髪の──見るからに健康そうな
「やっと起きた?転移門を潜った後、なんかあたし等長い間眠っていたみたい。ここって、いったい何処なんだろうね?」
コテンと首を傾げた
一方で、その表情は少しワクワクしているようにも見える。
「……ラミー、何処ってそりゃあ⦅シミュラクル⦆の6大陸のどっかだろうよ──っていうか、もっと優しく起こせなかったのか?お前と違ってこっちはそんなに頑丈じゃないんだ。なんせ……」
なんせ……………
………あれ?
「──え」
「ん?何?」
◇◇◇
「──えぇええええええ!????なんで!?なんでラミーがいるんだ!?⦅パートナー⦆はメアリのはずなのに!?」
(メアリは!?メアリは何処へ行った!?そんでもって、いつログインしたんだよ!?メンテがあるからって一眠りしたはずだろ!?)
「ちょっ、急にデカい声出さないでよ!!そんで、メアリって誰よ!アンタの⦅パートナー⦆は、あたし!ラ・ミ・イちゃんでしょ!!も〜、転移酔いってやつ?それとも、寝ぼけてるの?」
ラミーはすぅと一息いれた後、矢継ぎ早に語り出す
「アタシ等は、チェイズ学園記念すべき100期生の成績ワンツーフィニッシュ決めて、まあ下からだけどね(小声)。それでもなんとか二人で学園都市のダンジョンを突破して、
ラミーは怒りが収まらないようで、更に言葉を続ける。
「いくら
と、思うと今度はずーんと沈んだ顔をみせる。
「──ッだいたいさ!そもそもメアリなんて娘は100期生にはいなかったよね?ちょっとその娘のこと詳しく教えてもらいたいんですけど!?」
やっとそこまで言い終えて、ラミーはジト目でこちらを見ながら存分に不機嫌をアピールしている。
◇◇◇
彼女の言葉を聞いて、思い出した──
そう、ラミーは俺が初めてシミュラクルをプレイした時⦅パートナー⦆になってくれたNPCだ。
絆が一定値を超えると習得できるユニークスキルがかなり優秀なため、学園都市で彼女と同じクラスになれた時には、狙ってよくパートナーになっていたので彼女のことはよく知っている。
66人いるNPCの中では割と人気のあるキャラで、リリース1周年を記念して実施されたファンアンケート「あなたが選ぶ!好きな⦅パートナー⦆総選挙!」で7位を獲得していた。
明るくて親しみやすい性格が特徴の脳筋
彼女が俺のことを「
◇◇◇
(もう2年前に放棄したアバターだぞ?こんなことって、あるか?)
「ねえ、ファースト──」
(くそっ!メンテのせいなのか?なんて酷いバグだよ。やっと……やっと念願の神アカを手に入れてリセマラ完了したってのに、こんな……)
「ねぇってば!ファースト!」
(絶対にアカウント復旧してもらう……俺の2年間の血と汗と涙の結晶に、こんな形でサヨナラしてたまるかよ!
直ぐにログアウトして速攻システムサポートにダイレクトメールでクレームいれてや──)
「ファーストってば!!」
「──っもう、なんだよ!」
アカウントの復旧のことで必死に頭を巡らせていた俺は、ラミーの再三の呼びかけに少しイラッとしつつも彼女を見た。
ラミーは、森の奥に目線を向けたまま、今度は少し怯えたような声で俺に言った。
「あれ、見て。ナニあれ?黒い……モヤ?」
ラミーが指差す方を見れば、いくつかの木々を挟んだ向こうに黒い霧の様なものが浮かんでいる。
薄暗い朝の森にあって、それでもそこだけが異様な程に黒い。そしてそれは、徐々に
「ん〜〜。なんだろうな。ボスモンスターのスポーン地点かなんかじゃねえか?ほら、学園ダンジョンのボス部屋のも
「ねぇ、あれって、かなりやばそうじゃない?」
神妙な面持ちでラミーはつぶやく。
「──どうしてそう思う?」
「……女の子の勘」
「なんだそりゃ」
俺は思わずふと笑うが、ラミーは冗談を言ったつもりはないようだ。
「早く、一旦ここを離れよう!」
視線を黒い霧に向けたまま、ラミーは俺の手を引いた。
「って言っても、とりあえずはシステムサポートに連絡入れないと──」
「何馬鹿言ってんの!学園ダンジョンの転移門の行き先は完全にランダムなんだから、サポートなんてすぐ呼べるはずないじゃん!」
「いや、じゃなくて……」
ゴゴゴゴゴ……
俺が言葉を継ごうとした時、黒い霧から轟くような異音が聞こえはじめる。
そして、突然何者かの声が聞こえてきた──
────ワールドクエスト、⦅始まりの災厄⦆が発動されました。⦅シミュラクル⦆に生きる全ての生命は、全力で
クエスト勝利条件は、個体名『ディノケンタウルフ』の討伐。敗北条件は、全ての生命の『死』、です。
クエスト達成報酬は、貢献度上位10名の生存者にのみ内容が通知され、授与されます。以上です。────
突如として耳に、いや、頭に直接流れ込んできた情報に、俺は思わずラミーを見る。
その表情を見るに、先程の声はどうやらラミーにも聞こえた様だ。嫌な笑みを浮かべながら、その額には汗が滲んでいる。
「ほらね……かなりヤバい。ひょっとしてあそこからその──⦅
ぞわぞわとした悪寒に毛を逆立てながら、ラミーは続けた。
「断定は全くできないけど、あの禍々しい気配……どう見たって普通のボスモンスターが出てくるような様子じゃないよね……」
彼女は変わらず視線を膨張する黒い霧に固定したまま、じりじりと後退していく。
◇◇◇
────ゴゴゴ……
異音は先程から止まないが、どうやら少しずつ音が小さくなり始めている気がする。
………
黒い霧が徐々に晴れていく。
……
「ぅ……ぁ──」
そいつを見て、俺は思わず声を漏らした。
完全に晴れた霧の中から現れたのは、狼の胴体の
ディノ(恐竜)ケンタウルフ(ケンタウルスの狼バージョン?)という、その名づけの意味もなんとなく理解した。
そいつの身体は辺りの木々と並ぶ程に大きく、トカゲの頭からは赤黒い眼と、大きく耳まで裂けた口。そこから何重にも乱雑に重なった鋭い歯が覗いている。
「げぇ……」
途轍もない威圧感、そして不快感。
見ているだけで胃がムカムカし、食べたものが込み上げてきそうだった
(ワールドクエスト?こいつは
「ちょっとファースト、なに惚けてんのよ!あいつ、見たでしょ。アレは今のあたし等が勝てるような相手じゃ絶対にないよ!さっさと退こう!!」
「わ、わかってる。てか、俺一旦落ちるから……」
「は?何さっきからわけわかんない事言って……しっかりしてよ!気づかれちゃう!!」
何やらラミーがうるさいが、俺は慌てずステータスを開こうとする────
開こうと……する。
開か、ない。
「──え。」
「え。じゃないんだってば!早く!」
ラミーはついに
「え、え?」
何故ステータスが開かない?そういえば、いつもは視界の端にあるはずのワールドクロックも、世界座標もない。
「こ、コレは。もしや……」
「──ひどい……。
(ステータスも開かないんじゃシステムサポートにも連絡できないし、どうすっかなぁ。)
そんなことを考えながらじりじりと後退するうち、顔を上げて辺りを見回す
◇◇◇
──ギャオオオオオオオオウ!!!
耳をつんざく雄叫びを上げて、ディノケンタウルフは此方へと駆け出す。
まだかなり距離はあるが、その速度は学園都市随一といわれたラミーの足と同等か、それ以上に見える。
「ひ、ひぇぇえええ!!まずいよまずぃい!気づかれた!」
ラミーが
ラミーに繋がれた俺の手が、一瞬グンと力強く引っ張られる。
……ブンッ
──が、俺は、その手を振り解いた。
「ラミー、俺の足じゃ、そんで俺を連れたお前の足じゃ、きっとコイツからは逃げ切れない。お前だけで逃げろ」
木々を避けつつ同じ方向へと走りながら、俺はラミーへそう告げる。
「何言ってんのよファースト!そんな事できるはずないじゃない!あたし等⦅パートナー⦆だよ!?」
ラミーは、俺の言葉を即座に否定した。
「ずっと一緒に冒険するって約束したじゃん!早く、手を握って!!」
彼女は走る速度を俺に合わせて少し落としながら再び手を伸ばすが、俺はその手を取らない。
「俺にはお前との学園生活で閃いたユニークスキル⦅タイマン⦆がある。そいつを使えばちょっとくらいはディノケンタウルフの足止めができると思う。けど、⦅タイマン⦆は、文字通り
俺は、静かにラミーにそう告げる。
「
俺は再度、問いかけた。
「……」
しばらくの沈黙を待って、ラミーが口を開いた。
「なんで、なんでよ……何でこんなことに……」
俺の
「お前が逃げる時間は、俺が稼いでやる。なあに、ざっと1時間ってとこか?」
俺がそういうと、ラミーは俺の方を見る。
彼女を安心させる為、俺はニカっと
「いつかは何処かで果てる命さ、ここで張らなきゃ男が廃るぜ。」
ちょっとばかしイケメンに盛りすぎたアバターで精一杯のキメ顔をしてみせた俺に、ラミーは「ほんと馬鹿なんだから……」とつぶやいた。
「必ず、必ずあたしが助けを連れて戻るよ。それまで、絶対に死なないって約束して。」
ラミーはギュッと、決意を込めた瞳で睨むように俺を見た。
「……わかった。」
ラミーの言葉に俺は静かにうなずく。
「ッ本当だよ?じゃないと、今度は本当に、もう二度と立ち上がれなくなるくらい。脇腹に蹴り入れて起こしてやるんだから!」
「おいおい、それじゃ結局死んじまうよ」
ラミーの言葉に、俺が
こいつは、こんな時でも笑顔を絶やさない。
「1時間までに、きっと戻るから!」
そう言うや否やラミーは一気に加速し、森の中へ消えていった。
「……必ず、戻るからね!」
遠くから最後に聞こえてきた彼女の声は、どこか泣き出しそうなのを我慢しているようであった──
俺はその背中を見送ったあと、進行方向を徐々に彼女の消えた方から逸らしながら、森の中を駆けていく。
◇◇◇
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