シミュラクル!〜強くて(?)ニューゲーム──リセマラしたデータは全てパラレルワールドになった様です〜

やご八郎

序章 始まらない冒険とその終わり

第1話 プロローグ──リセマラ完了!?

 

 ◇◇学園都市チェイズ──ダンジョン最深部──



 幾度も訪れた巨大な⦅転移門ゲート⦆の前に、銀髪碧眼の少女と共に彼は立っている。



 少女は彼の眼をまっすぐに見つめ、こう告げる。



『私を、貴方の⦅パートナー⦆にして下さい。これからも、この身が、この剣が、貴方と共にある事を誓います。そして貴方と高みを目指して、どこまでも共に歩んで行きたい』



 そして、ゆっくりと手を差し伸べ──



 『手を、取って下さいますか?』



 そう、彼に問いかけた。



「もちろん。お、俺も、俺の全てが、これからも君と共にあるよ。よろしく頼む、メアリ」



 必死に平静を装いながら、彼は何とか言葉を紡いだ。


 ずっと待ち望んでいた光景がやっと現実になったというのに、何て間抜けな台詞だったろう。



 しかし、彼女メアリはその言葉を聞き──



 『 ありがとう 』



 そう言うと、確かに微笑んだ。




 ◇◇◇◇◇◇




「うぉぉぉおお〜〜っしゃあぁあああ〜〜!!!!」




 深夜の住宅街に、歓喜の声が轟いた。



 そこには無造作に伸びた髪、その上から被せていたヘッドギア型のガジェットをガバっと取り外し、擦り切れたバングルのついた両腕両脚をいっぱいに伸ばして喜びを体現している青年がいる。



 その顔は歓喜の色に染まり、胸は達成感で満ち溢れていた。




「〜〜〜……っし!!!!ぅうっし!!!!」




「ついに!!……ついについに、幻のNPC……メアリが────俺の⦅パートナー⦆に!!!!」



「……リセマラ562回目にして俺は…………やり遂げたんだぁー!!!!」




 青年は、そう言って高く高くこぶしを掲げた





 ◇◇◇◇◇◇





 某大手ゲーム会社が構想に10年、開発に更に10年、社運を掛けて制作した究極の全没入体感型VRゲーム──⦅シミュラクル⦆は、リリースと同時に世界的ブームを巻き起こし、サービス開始から2年が経過した今では全世界同時接続数常時約100万人オーバーという圧倒的人気を誇る超巨大ゲームへと成長していた。



 ⦅シミュラクル⦆は、中世と近現代が都合良くごっちゃになり、剣と魔法と科学と魔導が独自の体系でこれまた都合よく発展した、いわゆるファンタジー世界を舞台としている。


 このゲームが世界的な人気を博している理由は、五感を刺激する圧倒的リアルさと、ゲーム内の自由度の高さによるものだ。



 ゲームは大きく分けて3つのパートで構成されており、一応のメインシナリオ的なものはあれど、基本的にクリアというものが存在しない。



 一つ目は、学園都市編と呼ばれる育成パート────ここではプレイヤーは、様々な種族から自身の分身となる⦅アバター⦆をキャラメイクして、次の6大陸編に突入する時の⦅パートナー⦆を選ぶことになる。



 二つ目は、6大陸編と呼ばれる冒険パート────ここでは、⦅シミュラクル⦆の世界で、プレイヤーが自由に冒険を楽しむことができる。


 剣・槍・弓はもちろん、その他様々な武術を極めて世界最強を目指すも良し


 6つの大陸にある6大ダンジョン踏破を夢見て冒険者となるも良し


 生産系ジョブを極めて聖剣やら魔剣やらを製造する鍛治職人となるも良し


 はたまたNPCと恋に落ちて2.5次元の嫁(旦那)とイチャラブスローライフを満喫することだってできる。




 三つ目は、万魔殿編と呼ばれるチャレンジパート兼オンラインパート────このパートは、6大陸編で⦅ある条件⦆を達成した後に起動画面から自由に選べるようになる。自身の育てたパーティからメンバーを選び、世界中のプレイヤーとオンラインでつながりながら、最下層66階まであると言われる万魔殿攻略を目指すモードである。


 現在のところ、⦅シミュラクル⦆のトッププレイヤー達であっても万魔殿の最下到達層は49階層と言われているが、正直このパートをプレイするか否かはプレイヤー次第であり、自由度の高いこのゲームにおいてはやり込み要素の一つにしか過ぎない。



 一応、実績に応じたトロフィーや称号などの要素もあるので、気が向けばそうしたもののコンプリートを目指して気長にプレイするのも悪くはないだろう。もしかすれば、元号が変わる頃には達成できるかもしれない。




 ◇◇◇




 そんなこのゲームだが、発表当時には多くのユーザーに賛否両論を受けながらも実装されたシステムがある。



 先刻の歓声の原因でもある、ガチャ要素だ。



 ゲームの最序盤にプレイすることになる学園都市での学園都市編育成パート同期生クラスメイトは、候補となる男女それぞれ66人のメインNPCメインキャラクターの中から15人がランダムに抽選されることになっており──


 それぞれのNPCメインキャラが個別のAIにより行動しているため、プレイの度に毎回異なるイベントが自動生成されることになっている。


 そして、言わずもがな卒業時点のステータス(冒険パート開始時点の初期ステータス)は、この学園都市編のプレイ結果に完全に依存することになる。



 なお、一部のユニークスキルは学園都市編中にしか獲得できず、その取得条件もランダム要素が無数に絡むため、

 学園都市編を総称して⦅学園生活ガチャ⦆または⦅チェイズガチャ⦆などと呼ばれている。



 しかも、この学園都市編は地味にプレイ時間が長いのだ。──最短でも約8時間(ゲーム内時間では約2年)ほどかかる。


 また、それだけの時間をかけて現実と見紛うほどのリアルな学園生活を過ごしていれば、ライバルとの熱い友情イベントやら、異性との恋愛イベント等を経験し、自分だけの⦅アバター⦆に、多かれ少なかれ感情移入してしまうのは必然である。


 このため、たとえ初期ステータスが割と残念な感じになってしまったとしても、殆どのプレイヤーがそのまま6大陸編冒険パートへとプレイを続行する。




 クラスメイトは完全にランダムに抽選され、その組み合わせの総数は、なんと「兆」を軽く超えている──

 すなわち、誰がどう望もうが、この世界で同じ学園生活を体験することは実質二度とできないのである。



 公式の出した育成パートの紹介プロモーションビデオ内には


 「一期一会、一度きりの学園生活を私達と── 」


 なんて紹介文があったが、まさしくその通りであった。



 リリース当初こそ、⦅初期ステータス⦆は取り返しのつかない要素として厳選すべきか否かの論争があった。


 だが、ステータスは冒険パートをプレイしていればなんだかんだで上がるし、レベル上限やら基礎ステータスアップ用の消費アイテムの配布などもあって、最終的にはプレイに支障が出るほどの差は生まれないということで現在に至ってはなんだかんだで受け入れられている。




 ◇◇◇




 問題は、⦅パートナー⦆である。


 学園都市編育成パートの卒業時には⦅パートナー⦆と呼ばれる異性のNPCメインキャラがクラスメイトの中から1名だけ選ばれる。


 学園内ダンジョン最深部にある転移門を2人でくぐり抜けて⦅シュミラクル⦆の世界の、これまたランダムな土地へと旅立つ時に、⦅パートナー⦆として確定し、アカウントに登録されるのである。


 この⦅パートナー⦆は、6大陸編初期のパーティメンバーであるとともに、ゲーム中にをしたとしても途中でパーティを離脱することは決してない──つまり必然的にゲーム内でメインヒロイン的ポジションとしての役割を担うことになる。(ポケ○ンのピ○チュウ的なものと捉えてもらえば良いかもしれない。)



 青年はこの学園生活ガチャを、なんと562回も周回して

 やっとお目当てのNPCメインキャラであるメアリを⦅パートナー⦆とすることに成功したのだ。



 このメアリ、公式の出した初期プロモーションビデオでその横顔がチラ見えするや否や眉目秀麗な容姿に瞬く間に注目が集まり、SNSや掲示板で話題沸騰となった。


 それと同時に、メアリを嫁にすべく世界中のゲーマー、オタクが一斉に学園都市編育成パートの徹底攻略を開始した────だが……その後すぐに、クラスメイトとしての出現確率が他のキャラと比べて設定されているらしいことがわかったのだ。



 しかも、学園都市編の1年目終了時点に他の学園都市からの編入生として入学するという登場タイミングの特性から、チュートリアル終了時にクラスメイトが確定したタイミングでは邂逅の可能性が判別できないという鬼畜仕様(なお、この情報については解析コミュニティの連中が彼らの威信を掛けて行った調査の結果、リリースから約半年後にしてようやく判明した)であった。



 また、⦅パートナー⦆は絆システムというステータス画面で確認することの出来ない⦅絆⦆という隠しステ値により決定されているのだが、メアリは感情表現が極端に分かりづらいキャラであることも相まって、未だ同行者としてさえパーティに加えられたという報告が上がっていない超超超超がつくほどの超絶レアキャラなのである。





 ここまで読んで、お分かりいただけたであろうか。




 つまり、現時点で世界でただ一人、このとてつもない絶対的レアキャラである《メアリ》を⦅パートナー⦆として伴うことを許されたのが、先刻歓声をあげたこの青年なのである。




 ◇◇◇



「とにかく、続きを見ないと!やっと冒険に出られるんだから!」


 

 彼は、外していたヘッドギアを再び被り直して、ゲームの世界へと舞い戻っていく────




 ◇◇◇◇◇◇




 『じゃあそろそろ、行きましょう』



 銀髪碧眼の少女は俺の手を取ったまま、もう一方の手で豪奢な装飾が施された金色の門扉を押す



 ゴゴゴという静かな、それでいて太く重々しい音をたてて門扉が開く





 門の向こうは眩いばかりの暖色の光






 彼等はその中へと、ゆっくりと歩みを進め……






 やがて、その姿は光の中へ完全に溶けて行った──




 …… ──




 ◇◇◇◇◇◇





 ---ザ-------ザザ--------






 ピンポンパンポーン──





 あまり光のまぶしさにしばらく目を開けられなかった彼の耳に、突如安っぽい電子音が響いた。



 続いて、メッセージウィンドウが立ち上がる。


『メンテナンスのお知らせ。⦅シミュラクル⦆のリリース2周年を記念いたしまして、本日23:50より大型アップデートを実施させて頂きます。


 メンテナンス終了時刻は、明日16:00を予定しております。大変申し訳ありませんが、サービス再開までしばらくお待ち下さいますようお願いいたします。メンテナンスに関するご意見・お問い合わせは、下記連絡先のサポートセンターまで

 〇〇-△△△-□□□□』




 ◇◇◇




 これからやっと始まる新しい冒険への期待に胸を膨らませていた青年は、視界に浮かぶウィンドウに恨めしげな目をやる



「っええ!?め、メンテ───??あ!そうか、そういえば明日でリリースからちょうど2年か……」



 何度も告知があったはずなのに、彼はすっかり忘れていた。


 今日はリリース2年を記念したゲームの大型アップデートが予定されていたのだ。



「まあいいか」


 彼は一人呟く。待ち望んだ冒険の始まりは、すでに確約されたのだから。



 総プレイ時間約5000時間……⦅シミュラクル⦆リリース以降の丸2年の歳月を、全て育成パートリセマラに費やした彼は、恐らくそれでも現時点で世界中のどんなプレイヤーもが羨む神アカを手にした幸せ者であろう。少なくとも、彼自身はそう信じている。



 視界の端にあるワールドクロックに目をやると、既に時間は0:05を示していた。



「げ、もうこんな時間かよ。運営さんはこれから徹夜のメンテか。お疲れ様っす。よし、今日はもう眠いし──このまま落ちるか。」



 そう言ってゲーミングチェアに深く座り直すと、満足感いっぱいの笑みを浮かべたまま、彼は静かにその意識を手放した。

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