後日談その5 これでも十八歳になるしほちゃん

 ――霜月しほはドライブが好きだ。

 彼女の母親が運転好きということもあって、幼いころからよく車に乗って遠出していたのである。


 その影響か、しほ自身も車の運転に興味を持っていた。

 もうそろそろ彼女は十八歳になる。つまり、普通自動車免許が取得できる年齢だ。


 可能であれば、彼女は早いうちに免許を取りたいなと思っていたので、ダメ元で母親に聞いてみることにした。


「車の免許? いいわよ、取ってきたら?」


「え、いいの!?」


 まさかの即答だった。しほの母親――霜月さつきは、微笑ましそうな目でしほを見つめていた。


「私が免許を取ったのも大学一年生のころだったから、しぃちゃんも同じでいいわね」


「やったー!」


 最初、しほは無邪気に飛び跳ねて喜んだ。

 しかし遅れて、とある心配事が脳裏をよぎって、彼女は動きを止めた。


「あ、でも、お金……大丈夫?」


 自動車学校に通うには多額のお金がかかるわけで。

 その額は、一般家庭であれば気軽に出せないほどである。


 少なくとも、ごくごく普通の家庭である霜月家にとっては、痛い出費になることは間違いなかった。


「大丈夫よ。ダーリンのボーナスが残ってるから」


「……パパ、新しいゴルフクラブが買いたいって言ってなかった?」


「聞いてないわ。それにきっと、ダーリンなら可愛い愛娘の幸せを優先してくれるはずよ」


「そっか! それなら良かったぁ~……パパが帰ってきたらちゃんとお礼を言ってあげないとっ」


「ええ。そうしてあげるときっと喜ぶわ」


 と、いうわけで、とある父親のささやかな贅沢を代償に、しほは自動車学校に通う許可をもらうことに成功した。


「ママ! もし免許を取ったら車を借りてもいい? 幸太郎くんをドライブに連れて行ってあげるって約束したのっ」


「ドライブデートなんてとても素敵ね……もちろんいいわよ。幸太郎の次はパパと私も乗せてね?」


「うん! 楽しみにしててねっ」


 そんなこんなで、しほの夏休みの予定は決まったわけだが。

 しかしながら、夏休みのことを思い出して、彼女の表情が一瞬で暗くなった。


「……幸太郎くん、夏休みは一ヵ月くらい海外に行くんですって。おかあさまのところで勉強するらしいの」


 ――そうなのだ。

 夏休みが始まってすぐ、彼は母親が滞在しているアメリカに行くことになっていた。


「じゃあ、一ヵ月は会えないのね」


「うん……うぅ~。寂しいっ」


 ちなみに、今は夏休み一ヵ月前である。

 まだ少し先の話だと言うのに、しほはもうその時のことを想像して涙目になっていた。


「幸太郎くんは将来、海外関係の仕事に就職したいらしくて……英語を話せるようになってくるって言ってたわ」


「すごいわね。さすが、しぃちゃんの彼氏さんね」


「うん。すごいけどっ……すごいけど、やだぁ」


 最愛の彼を思って悲しそうな表情を浮かべるしほ。

 たった一ヵ月のことだが、彼女にとって幸太郎に会えない一ヵ月はあまりにも長かった。


 そうやって寂しがるしほの頭を、さつきは優しくなでてくれた。


「よしよし……そうやって寂しがっていると、幸太郎が行きにくいじゃない。彼をびっくりさせるためにも、免許のお勉強を頑張りなさい?」


 ただ、発言は意外と厳しかった。

 甘やかすだけが教育ではない。娘を思っているからこその発言である。


 その言葉に、しほは勢いよく顔を上げた。


「そうよねっ。幸太郎くんを困らせないためにも、笑顔で見送ってあげなくちゃ!」


 素直なしほは、単純な言葉ですぐに立ち直る。

 幸太郎のためを思って自分のわがままを耐える娘を見て、さつきはとても誇らしそうだった。


「偉いわ。その調子よ……さすが、私とダーリンの娘ね」


「えへへ~」


 もうすぐ十八歳。

 大人と言って差し支えない年齢になるにもかかわらず、しほは相変わらず無邪気で微笑ましい笑顔を浮かべるのだった――。

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