五百七十八話 長い長い物語も、もうすぐ……
こうして、中山幸太郎は物語を失った。
長い長いモブの物語は完全に終わりを迎えたのである。
でも、物語の幕は閉じても、現実はまだまだ終わらない。
これからも俺の人生は長く続いていくのだから――。
「あのクソメイド、勝手に帰宅したみたい……さっき使用人から連絡があったわ。まったく、何も言わずに買えるなんて礼儀がなってないわね」
長いようで短かった二泊三日の小旅行を終えて。
胡桃沢邸の所有するリムジンで家まで送ってもらっている最中、スマホをいじっていた胡桃沢さんが呆れたように息を吐いた。たぶん、使用人から連絡が入ったのだろう。
「帰ったら説教ね……中山、わざわざ探しに行かせてごめんね」
「……ううん、気にしないで」
本当はメアリーさんのことも見つけていたけれど、彼女との会話はなんとなく誰にも言いたくなくて、結局見つけられなかったということにした。
彼女のことを語るにはどうしてもシリアスな感情が挟まってしまうので、場の空気を壊したくなかった……というのはまぁ、建前か。
本当は、落ち込んでいることを悟られたくないだけである。
結局俺は、メアリーさんのことを引きずっている。
彼女の言葉が、心の中で渦巻いている。
……決して、自分が間違えていると思っているわけじゃない。
物語を捨てたことに後悔はない。ただ、メアリーさんを傷つけたことが、ずっと心に残っていたのだ。
きっとこの罪は、死ぬまで背負っていくのだろう。
その覚悟はもうできている。ある程度割り切ったつもりでもあるけれど、どうしても気持ちが落ち込んでいて、なかなか立ち直れそうになかった。
これは少し、時間が必要になりそうだ。
数日もすればきっと記憶も薄れるはず……それまで、どうにか感情を悟られないようにうまく立ち回ろう。
そんなことを考えていると、隣に座っていたしぃちゃんが不意にもたれかかってきた。
「……むにゃむにゃ」
道理でさっきから無言だったわけだ。
遊び疲れたのか、彼女はぐっすりと眠っていた。
「……おにーちゃんのばぁか」
「え? あ、っと……こっちも寝てるのか」
そして、しぃちゃんとは逆側からは梓が俺にもたれかかってきた。
寝言でも俺を舐めているあたり梓らしくてかわいい……と思っていたら、こちらはしぃちゃんと比べて全体重を任せてきていて、肩では支えきれず……そのまま膝の上に倒れこんできた。
右肩にはしぃちゃん。ひざの上には梓。
二人とも小柄なので軽いとはいえ、足し合わせるとなかなかの重量である。
でも、起こすのは少し申しわけなく思ってしまうわけで……結局俺が取れる選択肢は、ひたすら耐えるということだけだった。
「随分な身分ね。両手に華で嬉しい?」
そんな俺を見て、対面に座っている胡桃沢さんが愉快そうに頬を緩めていた。
「……嬉しい反面、ちょっと困ってもいるかな」
「押しのけないあたり、優しい中山らしいわよ。そのまま困ってなさい」
「た、助けてくれないの?」
「いつでもあたしが助けてあげるとは思わないことね……ふふっ♪」
からかうように笑って、胡桃沢さんもまた目を閉じた。
「あたしも眠るわ。あんたもそのまま寝ちゃっていいんじゃない?」
「……努力はしてみるよ」
そう返答すると、胡桃沢さんは肩をすくめてそのまま何も言わなくなった。
少し経つと、上品な寝息が聞こえてきたので……彼女もまた、眠りについたのだろう。
さて、どうしたものか。帰路はこれから数時間は続くだろうし……さ、さすがに最後まで眠ったままなんてことはない、よな?
……いや、でも落ち込んでいることを悟られたくなかったので、これはこれでいいのかもしれない――。
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