五百七十六話 こうなる予定はなかった
ふと、過去のことを振り返ってみる。
霜月しほと出会った頃の中山幸太郎は、もっと恨みや妬みを持っていた。
俺を慕っていたはずの義妹に裏切られ、仲が良かったはずの女友達に失望され、誰よりも長く一緒に過ごした幼馴染に見捨てられたことに対して、悪意を持っていた……はずだ。
そして、俺が大切に思っていた少女たちを奪った竜崎龍馬に対しても、悪意を持っていた……気がする。
すべて表現が曖昧なのは、もうあのころの感情を消失してしまっているせいだ。
なぜなら、中山幸太郎は『優しくて』『穏やか』な人間であることを決定したからである。
それは、俺が選んだ人間性。
こうありたいと願い、そして獲得した個性でもある。
しかし、仮に俺がその個性を獲得せずにいたのであれば……今のような、優しい物語はきっと生まれていなかっただろう。
「キミは、もっと大きな幸福を手に入れることもできた。それこそ、選択次第では『かつての竜崎龍馬』のようなハーレム主人公にだって、なれたはずだよ」
「……そんなこと、ありえないよ」
「いいや、ありえる。キミはその立ち位置にいたんだからね……モブの下克上としてはこの上ないだろう? ハーレム主人公の幼馴染を奪い、ハーレムメンバーを奪い、新ヒロインさえも奪う――そういうシナリオの方が、むしろ『ざまぁ系ラブコメ』としては完成している」
本当、だろうか。
もし俺が、ハーレムを望んだなら……そうなる未来も、あったのだろうか?
「難しい話じゃない。下剋上の物語なんて王道だろう? 当初の空気感であれば、そうなっておかしくなかった……でも、途中からあからさまに路線が変わった。キミから『悪意を排除』されたことで、ハーレムという可能性が消失した」
分帰路……俺が変わったのは、いつからだったか。
少し考えてみて、真っ先に思い浮かんだのは――胡桃沢さんとの出会いだった。
彼女に好意を向けられて、しぃちゃんのことを大切に思ったとき、彼女だけを愛したいとそう願った記憶があった。
まぁ、きっかけは今の話題において重要じゃない。
要するに、俺が変わったのだとメアリーさんが言っているわけだ。
「ハーレムなんてまともな精神性では築けない。女性を見下し、自身の価値を過信するような、傲慢でクズな一面を持つ人間でなければハーレムなんて成立しないんだ。故に、悪意を持つことを許されなくなったキミに、複数のヒロインはそぐわなくなってしまった」
かつての竜崎のように。
あれくらい、クズで傲慢でなければ、ハーレムの状態なんて維持できないのだろう。
だからこそ、悪意のない人間がハーレム主人公だなんて矛盾は生じてはならない。ハーレムを許容している時点で、その人間は『まとも』じゃないのだから。
その理屈はなんとなく理解できた。
「悔しいよ。ワタシは、キミが清廉でいることを望んだことが残念でならない……どうしてそうなることを選んだのか」
「……そんなの簡単だ。『中山幸太郎』という人間に、クズの要素は薄い。この部分を強調すると、中山幸太郎としてウソをつくことにな――」
「――言い訳なんて聞きたくない」
いや、言い訳なんてしているつもりはない。
だけどメアリーさんは、俺の説明なんて聞く価値がないと言わんばかりに話を遮る。
「『優しい物語である方が好ましい』と、そう判断したからだろう?」
ハッキリと彼女は断じた。
「復讐という『尖り』が邪魔になっただけだろう?」
皮肉めいた、歪んだ笑みを浮かべて。
「まるで、商業化した作品が読者ウケを狙うように……キミは愛されるために、他者を不快にさせないために、多くの人に楽しんでもらうために、復讐の要素を排除したんだよ」
言われたくない、痛いところを。
メアリーさんは鋭利な言葉で突き刺してきた――
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