五百七十五話 ハーレム主人公に全てを奪われたモブの復讐譚

「いったいどこで……キミは、変わってしまったんだろうね」


 中山幸太郎の分岐点。

 そして、物語の分岐点は、どこだっただろうか。


「少なくとも、ワタシと出会った頃のコウタロウはとても魅力的だった。色々なことを諦めていて、達観していて、物事を俯瞰的に見るようなクセがあって……その不完全さが、好きだった」


 メアリーさんと出会ったのは、たしか一年生の文化祭の時。

 しぃちゃんと出会って間もない頃だから、中山幸太郎にもまだ過去の面影があったわけで。


 その拭いきれなかった過去の残り香こそ、メアリーさんが追い求めていたものだったのだろう。


「不完全なまま、完成すれば良かったのに」


 だけど俺は許容できなかった。

 しぃちゃんの思いに報いるために、卑屈な自分を拒絶した。


「あのまま、モブとして生きてくれれば……ワタシが、違う物語の『主人公』にしてあげられたのに……!」


 メアリーさんは悔しそうに歯を食いしばっていた。

 馬乗りの状態で、俺の胸倉をつかんで……彼女は俺を睨みつけている。


「今のコウタロウは、ワタシが好きな『コウタロウ』じゃない」


 彼女の愛したモブキャラは、もうどこにもいない。

 俺が、俺自身が、拒絶したことによって消失したのだから。


「返せ……ワタシの、たった一人の理解者を、返せっ」


 ……こんなに弱々しいメアリーさんを見るのは初めてだった。

 いつも不遜で、堂々としていて、他者を嘲笑うことが趣味みたいな性格の悪い人ではある。


 でも、彼女は悪人じゃない。誰かを傷つけることを手段として選択することはあれども、率先してやるような人間ではない。

 だからこそ、メアリーさんの辛そうな表情を見ていると、胸が痛む。


 傷つけたという罪悪感で、息が苦しかった。


「ごめんね」


 キミの理解者はもういない。

 残念だけど、返してあげることはできない。


「……どうして、否定しちゃったんだ」


「しぃちゃん……しほを、好きになるためだよ」


「だからって、モブでいることをやめる必要はなかったのに」


「モブのままでいたら、彼女が傷ついちゃうんだ」


「傷つけてしまえば良かったんだ。どうせシホはコウタロウを受け入れるしかないんだよ? 少しくらい、彼女の嫌いな一面を秘めていても、良かったはずだ」


「それはダメだよ。しぃちゃんが我慢するくらいなら、俺が変わればいい……彼女の嫌いな俺の一面に、価値なんてない」


「その一面もまた、キミの一部なのに? モブとしてのコウタロウも、『中山幸太郎』であることに違いはないだろ!?」


 ……ああ、その通りだね。

 結局俺は、最後まで自分を否定することでしか、自分を守ることができないわけだ。

 中山幸太郎らしい最後だと思う。


 この選択を俺は後悔していない。

 だけど、メアリーさんは……決して、許容してくれなかった。


「――媚びるなよ」


 厳しい一言だ。

 それこそ、言わないでくれよ。

 俺だって、分かってるんだ。

 でも、そうするしかなかったんだ。


「貫き通せば良かったんだ。他者の視線を参考になんてせず、当初の路線で突き進んでも良かったはずだろう?」


「当初の路線、か」


「『ハーレム主人公に全てを奪われたモブの復讐譚』として、物語を進めておけば……!」


 幸せなラブコメになる予定なんてなかった。

 俺が、感情のままに物語を進めていれば、今頃……きっと、しぃちゃんと幸せな駄作を紡ぐことはなかっただろう。


 俺も、モブである自分を拒絶して、失うこともなかったと思う。

 もしかしたら、メアリーさんが好むような苦痛の傑作が、生まれていたのかもしれない――。

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