五百六十六話 あまりにもあっけなく
本当は、全部ぶつけようと思っていた。
悩みや不満を伝えることで、しほに解決してもらおうとしていた。
たとえ、言い争いになったとしても。
お互いの関係に亀裂が入ろうと、いつかきっと修復できるはずだ……と。
実際問題、仮にそうなったとしても最終的には仲直りできたと思う。
何があっても、俺としほはお互いのことを好きでいるし、信頼しているのだ。この程度の些細なすれ違いで縁が切れる、なんてことは絶対になかっただろう。
それは恐らく、間違った選択ではなかった。
しかし、最善手でもなかっただろう。むしろ悪手に分類される決断だったと、今になって思う。
だって、そんなめんどくさいことしなくても――しほはちゃんと、受け止めてくれるから。
物語の山場を作るために、強引な手段で展開を生み出す必要なんてなかったのだ。
「幸太郎くんは悩むのが上手だわ」
「……ごめんね」
「ううん、責めてるわけじゃなくて……褒めてるのよ? 悩むってことは、いつも何かを考えてくれているってことでしょう? 私は考えるのが苦手だから、幸太郎くんに代わりに悩んでもらっているのよ」
その通りだ。
俺としほの性格は、ほとんど真逆に近い。
でも、だからこそお互いに惹かれた。
俺に持っていない物をしほが持っていて、しほが持っていない物を俺が持っていたから、こんなに仲良くなれたというのに。
俺は、彼女にも……俺みたいに悩むべきで、そうじゃないとおかしいと思い違いをしていたのだ。
「私ね、悩みがあると何も考えられなくなるの……ほら、幸太郎くんと出会う前までが、そうだった。竜崎くんのことで悩んでいて、何も考えないようにしていて、そのせいでいつも無表情で笑えなかった」
出会った当初、しほ……いや『霜月さん』は氷のように冷たかった。
無表情で、無感情でいることでしか、自分を守れなかったのである。
でも、彼女は変わった。
「だから、幸太郎くんと出会えて良かった。あなたみたいに、誰かのことを心から思える優しさを持っている人なんて、いない。幸太郎くんしか、私にはいないわ」
俺との出会いを気に、彼女は豹変した。
いや、元に戻ったのだ。
無邪気で明るい『しほ』として、ようやく生きられるようになった。
「でも、あなたは他人のことを考えることに精一杯で、自分のことは無視しちゃう人なの。それはダメだから、代わりに私が幸太郎くんのことを大切にするって決めているわ」
そして、俺が『中山幸太郎』として生きられるようになったのは、彼女が俺のことを考えてくれているから。
だったら……現状を変える必要なんて、なかったんだ。
喧嘩なんてしなくていい。
俺のことは、ちゃんと彼女が考えてくれている。
だったら、伝えればいいんだ。
「しほ。俺は……君と恋人になれないことが、苦しいんだ」
たった、それだけのこと。
この一言を伝えれば良かったのに、なんで俺は回りくどい道を選ぼうとしていたのか。
物語に縋り付いて、現実から逃げても、意味なんてなかったというのに。
「しほのこと、大好きで……友達のままじゃ、我慢できない」
なんで分かってくれない?
どうして受け止めてくれない?
そんな不満をぶつけるよりも先に、自分の気持ちを伝えるべきだったのである。
だって、そうしてあげれば……しほはちゃんと、『中山幸太郎』のことを考えてくれるのだから。
「そうなの? じゃあ、えっと……うぅ、照れちゃうけど、ちょっと自分がどうなっちゃうか分からないけど、幸太郎くんが我慢できないなら――私は、あなたの恋人になるわ」
ほら。
あまりにも、あっけなく。
物語的な盛り上がりを考慮すると、物足りないと思ってしまうほど簡単に。
彼女は、俺の思いに報いてくれたのである――。
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