五百六十三話 厳しさと優しさ

 ようやく、頭がスッキリした。

 悩んで、思い詰めて、不安になって……色々な迷いが鎖状の束となって俺を拘束していたけど、ようやくそれらから解放された気がした。


「……中山? 今はちゃんと『見えてる』?」


 胡桃沢さんも、何かが変わったことを感じ取っているのだろうか。

 確認するような問いかけに対して、俺は彼女の目を見てハッキリと頷いた。


「うん。ちゃんと――見てるよ」


 見てると思う――とはもちろん言わない。

 なぜなら今は、自分の行動もしっかりと見えているから。


 物語的にどう動くか、という思考はもうなくなった。

 今は、現実の『中山幸太郎』として、意思が決定できたのだ。


「あたしのこと、どう見える?」


「……優しい人、だよ。それでいて、強い人でもある」


「ええ。少なくとも、ただの『過去に未練がある失恋したツンデレキャラ』ではないことは分かったかしら?」


「もちろん」


 単なるツンデレと表現するのはもったいない。

 胡桃沢くるりという少女は……思ったよりも素直で、愛情深く、それでいて強い人だった。


 失恋さえも、乗り越えられるくらいに。

 彼女は過去を糧にして、今を生きている。


「ありがとう。君のおかげで、気持ちが楽になったよ」


「別に、感謝されるようなことはしてないわよ……って、あ! 今のがツンデレっぽいの? そんなつもりはないのだけれど」


「まぁ、そう見えなくもないけど」


「こういうところがあのクソメイドに『ツンデレ』って言われる原因なのね……はぁ」


 うんざりしたようにため息をつく彼女を見ていたら、なんだか頬が緩んだ。

 力が抜けて、思わず笑ってしまった。


「やっと、普段の中山みたいになったわね。そうよ、あんたはそうやって優しく笑っていればいいのよ」


 そんな俺を見て、胡桃沢さんも安心したように笑った。


「あたし、基本的に人間が嫌いなのよ。だから、あんたみたいに好きになれる人間は少数で……これからも仲良くしてくれると、嬉しいわ」


 ……そういえば、胡桃沢さんはここに来てからずっと優しかった。

 いや、そもそもこのプライベートビーチに誘ってくれたのも、彼女なのである。ここに来る前から、かな?


 やけに親切だと思っていたら、胡桃沢さんは俺に対して好意的な気持ちを抱いてくれていたらしい。


 もちろんそれは、恋愛的な意味ではなく。


「あんたとなら、友達になれそうな気がする。あと、霜月とあんたの妹も……中山の大切な人だと思うと、なんだか放っておけないのよね」


 ――友人として、彼女は俺を……いや、俺たちのことを大切に思ってくれているみたいだ。


 やっぱり胡桃沢さんは、愛情深い人だ。

 仲良くなるためのハードルは高いかもしれない。すぐには心を開いてくれない人だと思う。だけど、一度心を許してくれたなら、それからもずっと親身にしてくれるタイプなのかもしれない。


「嬉しい。俺も、胡桃沢さんみたいな人が友人だったら、頼りになるよ」


「ええ、頼りにしていいわよ。あたし、こう見えてしっかりしてるから……少なくとも、霜月とあんたの妹に比べたら、ね」


「うん。あの二人の面倒も見てくれると助かるよ。俺だけだと手に負えない時があって……」


「優しすぎるから強く言えないのはあんたらしいわね。まぁ、あたしに任せなさい? 言う時はちゃんと言える人だから、安心して」


 ……ありがとう、胡桃沢さん。

 君は俺のことを『優しい』と評価してくれるけど。


 胡桃沢さんも、俺とは違った『優しさ』を持っていると思う。

 相手のことを思って、厳しい言葉をかけられる人だから。


 嫌われてもいいから、言わないといけないことを言える彼女は……優しく、それでいて強い女性だ。


 ともあれ、胡桃沢さんのおかげでようやく迷いが消えた。

 彼女の優しさに感謝しつつ。


 次にやるべきことは……やっぱり、しほとの対話である――。

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