五百六十二話 不自然だからこそ
胡桃沢さんの登場はあまりにも不自然なタイミングだった。
何も起きていない幕間にやってきて、俺の異変を指摘して、理解させるなんて……この一連の流れを客観的に見てみると、もっとうまい見せ方があると思えてならない。
何かしらのイベントを経て、俺の成長を促しても良かった。たとえば、しほとすれ違いを発生させて、後々に仲直りする……という筋書を作ることも簡単だっただろう。
物語的な節目として、終盤として、終幕前の大きなイベントとして、カタルシスを生み出すための伏線として、うまく機能してくれたことだろう。
――もしも、この世界が『物語』だとするならば。
そうしてしまった方が、自然だ。
だけど、俺たちの世界は、この舞台上が全てなのである。
それなら、この舞台こそが『現実』だ。俺たちにできることは、物語を読むことじゃない。今を生きること。
それなのに、俺は現実から目を背けて物語ばかり見ていた。
そうすることで、現実を俯瞰的に見ているのだと言い訳して、目の前のことを理解する努力を放棄していたのだろう。
ようやく、そのことが分かった。
物語的には不自然かもしれない。でも、不自然だからこそ『現実的』であると、感げられるわけで。
この事実は、物語ばかり見て生きていた俺にとって、やっぱり受け入れることが難しくて……消化するのに時間がかかっている。
そのせいで、胡桃沢さんに返答できていない。
しかし、彼女は俺を急かすことなく待ってくれていた。
心を整理する時間を、与えるかのように。
「……そういえば、一つ中山にしっかりと言いたいことがあるんだったわ」
それから、間を埋めるように彼女はこんなことを言った。
「あたし、あんたのことはもう『好き』じゃないから」
これもまた……物語的に見ると、不自然なタイミングだ。
もっとシチュエーションが整ってから言われたら、さぞかし驚いたことだろうけど。
「そう、なんだ……」
今はちょっと、大きなリアクションができる心境じゃなかったので、曖昧に頷くことしかできなかった。
だけど、俺の反応なんてどうでもいいのだろう。胡桃沢さんは続けて、自分の思いを語ってくれた。
「中山は素敵な人だと思う。前にあたしが好きだった人は、今も変わらず……好きになりたい人なのよ。でも、別にあんたと付き合いたいとか、そんなことを微塵も思っていない」
好意的な思いは、伝わっている。
でもその愛情は、恋人になりたいという意味ではないと、彼女は『告白』していた。
「あたしの思いは、霜月と比べ物になんてならないから……前に言ったでしょ? あたし、竜崎のことも好きかもしれない――って。正直、今は別になんとも思ってないけど、あの時の気持ちは嘘なんかじゃなかった。あたしのあんたに対する愛情なんて、その程度よ」
……俺を困らせないため、なのだろうか。
丁寧な説明の言葉は、胸中を渦巻いていた罪悪感を軽くしてくれていた。
やっぱり今でも、胡桃沢さんにはこう思っている。
行為を受け取れなくて、ごめんなさい――と。
その感情が、少しだけ楽になった気がした。
「勘違いしないでね。中山のことは素敵だと思うけど、恋愛感情なんてない……言っておくけど、これはツンデレでも何でもない、あたしの本心よ。思い上がらないで」
そして、釘を刺された気がした。
「あたしは、あんたが思っているような――か弱い『サブヒロイン』なんかじゃない」
誤解するなよ、と。
胡桃沢くるりを、ちゃんと『見ろ』と。
そう言われてから、ようやく……頭の中が透明になった。
「うん……分かった」
思考を渦巻いていた霧が晴れて、目の前のことが『鮮明』に見えるようになったのである――。
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いつもお読みくださりありがとうございます!
本日、11月20日に書籍の5巻が発売いたしました。
『霜月さんはモブが好き』最終巻となります。
web版とはまったく違う物語の結末を、ぜひ見てくださると嬉しいです。
それでは、どうぞよろしくお願いいたしますm(__)m
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