五百五十六話 不自然なタイミング
これから先のことを想像してみる。
現状、俺はかなり不安定だ。物語でたとえるなら、主人公が挫折している場面の状態である。心が折れて、立ち直るまで葛藤しているあの苦しいシーンを迎えているのかもしれない。
恐らく、これからしばらくは何をしてもうまくいかない時間が訪れるだろう。
物語には定期的に訪れる、いわゆる『谷間』が今なのだと思う。
何かしらのきっかけがあるまでは、こうやって悩み続けることになるのだ。
これがいつ終わるのか。
どんなイベントがきっかけになるのか。
何を境目に、物語が『山場』に転換するのか……これらが分からない現状、俺にできるのは足掻くことだけだ。
一番やってはいけないことは『何もしないこと』である。
苦しいからと言って、辛いからと言って、何もせずに現状から逃げても何も変わることなどないからだ。
怠惰は停滞を生む。
物語に動きがなければ、山場への転換もない。道は続いているのだ……たとえ険しくとも、進むしかないだろう。
いずれはきっと、この苦難だって乗り越えられるはずだから。
そのための第一歩として、俺がやるべきことは……やっぱり、しほとの対話だろうか?
(何も変わろうとしない彼女に、今の俺の気持ちを伝えてもいいのかな……)
もしかしたら、軋轢が生まれる可能性もある。
気持ちがすれ違っている現状、ぶつけてしまえば亀裂が入ることは容易に想像できる。
ましてや、しほはあまり心が強くないのだから……心のよりどころになっている俺からの強い言葉は、彼女に大きな影響を及ぼすだろう。
恐らく、喧嘩……そうじゃないにしても、少し気まずくはなると思う。
でも、その後にはきっと、今よりも進んだ関係が待っている……と、信じたい。
雨降って地固まる、ということわざのように。
やっぱり、しほと向き合う必要があると……俺は、思う。
だって、今の俺にできることはそれだけなのだ。
しほのことで悩んでいる以上、対話はきっと避けられない。
物語的にも、そうすることが正しいはず。
だから……うん。夜にでも、彼女と二人きりになれる時間を探そう。
ちゃんと、真剣な話し合いをする。
それこそが俺のやるべきことだ。なので、夜に備えて……ちょっとだけ、寝ておこうかな? 色々考えすぎて頭が重いので、少しでも気分を楽にするためにも俺は目をつぶった。
今、物語は幕間だ。
次の場面へと転換するための空白に突入している――
――そんな、不自然なタイミングだった。
コン、コン、コン。
控えめなノックの音が聞こえた。反射的に目を開けて、扉の方に寝返りを打つと同時に、扉がゆっくりと開いた。
もしかして、しほ?
いや、それにしては……ノックの音も、扉を開ける勢いも、丁寧だ。
あの子じゃない。
「急にごめんなさい。中山……ちょっと話せる?」
現れたのは、ピンク色の髪の毛が印象的な少女。
胡桃沢くるりだった。
「あ、もしかして起こした?」
「……ううん、ちょっと休んでただけだから、大丈夫」
と、口では言ったものの、動揺はしていた。
このタイミングの登場は、ちょっと予想できなかった。
物語は幕間。空白の場面だったはずなのに、どうしてだろう?
不自然なタイミングの登場に、俺は混乱してしまいそうだった――。
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