五百五十三話 心配と信頼
もしかしたら、胡桃沢さんが俺を好きになっているかもしれない。
……こんなこと、想像することさえ恐れ多いと思う。
でも、そんなわけないだろと言えるほど、俺は他人の気持ちが分からない人間じゃない。
胡桃沢さんの表情を見ていたら、俺に対して特別な感情があることはなんとなく伝わってくるのだ。だからこそ、対応を悩んでしまっている。
いつも通り接していいのだろうか。
それが余計に、彼女を苦しめる結果にならないだろうか。
この場合、逆に冷たくする方が適切になる?
いやでも、むしろそうされた方が傷つく恐れもあるわけで……と、誰かを傷つける強さを持っていない俺には、難しい課題だ。
とりあえず、どうしていいか答えが出ないので……一旦、俺は胡桃沢さんから離れることにした。
「ごめん、昨日はあまり眠れなかったから、ちょっとだけ休んでくるよ」
「そうなの? 寝不足なら休まないと……霜月たちの面倒はあたしが見ておくから、ゆっくりしてきて」
「……うん、ありがとう」
気が利くなぁ。
しほと梓のことを俺が心配していることを察しているからこそ、安心させるためにこう言ってくれたのだと思う。我ながら過保護だと思うけど、目を離している時に何かが起きたらと考えたら不安になるのだ。
だからこそ、今の一言は効果的だった。
胡桃沢さんになら安心して任せられる。それくらい俺は、彼女のことを信頼していた。
(いや、うーん……こういうのも、良くないのかなぁ)
これはもしかして、俺を好きでいてくれる彼女を利用している形になっていたりするのか?
彼女を信頼するべきではなく、拒絶した方がむしろ後々のことを考えると良かったりするのだろうか。
(……やっぱり分からないなぁ)
自分の選択に疑心暗鬼になりながらも、とりあえず距離をとることには成功できそうだった。
一人になってから自分の考えをまとめよう。それから結論を出しても遅くないはず。
そんなこんなで、胡桃沢さんから離れて俺の寝室に割り当てられた部屋に向かうことにする。
でも、その前に……やっぱりしほたちにも一声かけたくて、リビングに寄った。
「しぃちゃん、梓? 部屋で休んでるから、何かあったら電話して」
「「はーい」」
二人はソファに並んで座って、スマホゲームに集中していた。
返事も棒読みで俺の方は見ていない。すっかりゲームに夢中だ。
本当に聞いてるのかな……?
「えっと、もしかしたら寝てるかもしれないから、電話に出なかったら直接部屋に来て起こしてほしい。カギは空けておくから」
「「わかったー」」
念のためもう一声かけてみても、やっぱり帰ってきたのは生返事である。
ちゃんと聞いてたらそれでいいんだけど……って、ちょっと待て。
ふと、思った。
どうして俺は、こんなに二人を信頼してないんだ?
いや、二人というよりは……しほの方を、俺は心配しているのかもしれない。
彼女のことで不安になっているから、だろうか。
どうしても返事を聞いているか信頼できなくて、疑ってしまう。
少なくとも……胡桃沢さんよりは、しほを信頼できていない気がした。
別に、緊急時というわけじゃないのだ。
一声かける、というだけでも過剰だと思う。別に何も言わなくても、何も起こらないだろうか、何もしなくていいはずなのに。
心配性だから、という理由では片付けられないくらいには……俺はしほのことを心配して、信頼はしていなかった。
はたしてこれは、正しいのか?
俺としほは、健全と言える関係なのだろうか。
……やっぱりダメだ。
思考がグルグルと回っているので、落ち着くためにも一人になろう。
そう思って、俺はこれ以上何も言わずに、リビングから出ていくのだった――。
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