五百五十二話 様々な問題
もちろん、怒ってなんていない。
今日はもうプライベートビーチじゃなくなっているけれど、昨日は俺たちだけで思いっきり遊ぶことができたのだ。
むしろ、こんなに居心地の良いビーチを一日でも独占させてもらえたことに感謝しているくらいである。
でも、胡桃沢さんにとっては許せない不手際だったのかもしれない。たとえ彼女が悪くなかったとしても、身内の責任は自分の責任でもあると思うタイプなのだろう。
「せっかく来てくれたのに……素敵な一日に、してあげたかったのに」
肩を落として落ち込んでいる彼女は、なんだか放っておけなくて。
無意識に俺は、慰めの言葉を口にしていた。
「気にしないで大丈夫だよ。もう十分、素敵な思い出になってるんだから」
高校二年生の夏休み。来年はきっと、大学受験の勉強で忙しくなるはずだから、心から遊べるのは今年くらいだろう。そんな時期に、こんなに良い場所に連れてきてもらえたのだ。感謝しているに決まっている。
「それに、人がいても気にしなければいいんじゃないかな? ほら、梓としほもくつろいでるし」
アウトドア派というよりはインドア派な二人だ。
昨日、海でたくさん遊んだので満足したと思う。今日は外で遊ばなくても、二人は別に気にしないだろう。
むしろ、冷房の効いた室内の方が二人にとっては居心地が良い可能性もあるかも。
俺もまぁ、梓としほ程ではないけれど、外に出ることが好きなタイプではないので、室内でくつろぐのも悪くないと思っていた。
「全然大丈夫だから、気にしないで」
「そう……ありがとう。そう言ってもらえると、気持ちが楽になる」
俺の言葉に、胡桃沢さんはようやく表情を緩めてくれた。
さっきまで肩を落としていたけれど、今は少しだけ背筋が伸びている。
俺は決して、口がうまいわけじゃない。今の慰めの言葉も達者ではなかっただろう。しかし、胡桃沢さんは俺の気持ちをちゃんと汲んでくれて、察してくれて、そのうえで心から感謝しているように見えた。
「本当に、あんたは優しいわね……おかげで少し元気が出た」
そう言って、彼女は小さく笑った。
普段は仏頂面というか、あまり感情を表に出さない少女だけど……だからこそ、たまにこういう気の緩んだ笑顔を見たら、胸がドキッとする。
今、反射的にこう思ってしまった。
――かわいい、と。
俺にだけ、胡桃沢さんはこうやって笑ってくれる。
心を許しているかのように、珍しい一面を見せてくれる。
勘違いも、気付かないふりもできないくらいには……彼女は俺に特別な顔を見せてくれる。
それが分からないほど、俺は鈍感にはなれない。
それを無視するほど、俺は他人の気持ちが分からない人間でもない。
それが何を意味するのか理解できないほど……俺はバカな人間でもない。
彼女には一度、好きと言われたことがあるわけで。
今はもう、その気持ちがまったくなくなっている――と、ご都合主義的な考えは、残念ながらなかった。
(もしかしたら、また彼女は……っ)
こんな俺を、好きになっている?
そうだとするなら、決して……良いことではない。
だって俺には、しほがいるのだ。
でも、彼女とはまだ付き合っていないから、申し訳なく思う必要はない?
ううん、そんなわけがない。
だって俺は彼女が好きで、彼女も俺のことが好きで……だったらなんで、付き合っていない?
様々な問題が生じている。
これを解決する手段は、いったいあるのだろうか――。
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