五百四十六話 ナマイキ盛り
梓がご立腹だ。
ほっぺたをふぐみたいに膨らませて俺を睨みつけている。
まぁ、睨んでいるとはいっても、顔立ちがかわいらしいこともあってまったく怖くないけれど。
とにかく、彼女は子供扱いされたことを怒っていた。
「梓は子供じゃないんだからねっ!」
「うん、梓は立派な大人だよ。それは分かってるけど、あの人たちを追い払いたくてつい……梓が子供ってことにしておけば丸く収まると思ったんだ」
「追い払ってくれたのは嬉しいけど……やっぱりなんかむかつくっ。おにーちゃんのばーか! 梓は来年になったら18歳だよ? ちゃんと大人だもん!」
とはいうものの、言動が幼いんだよなぁ。
最近、節々で成長を垣間見せてくれるけど、基本的に梓は子供っぽい。だからナンパ男たちも、彼女が中学生だと言われて疑わなかったのだと思う。
「ごめんごめん。あんまり怒らないでくれよ……おかげでうまくやりすごせたんだからさ」
「だって、おにーちゃんに子供扱いされてむかつくっ!」
そんなこと言われると困るなぁ。
実際、俺は梓のことをかなり子供と思っているわけで。
お世辞でも『大人っぽい』とは言ってあげられない程度には、幼く見ていた。
「……大人なら、俺に起こされなくても自分で起きると思うんだけどなぁ」
俺としても、彼女の言い分には少しだけ納得できない部分もある。
先ほどの件は確かに申し訳なかったけど、ここはやんわりと反論させてもらった。
梓。君は子供だよ?
俺はそう伝えたい。
「大人なら、ごはんも俺が用意しなくても作れるだろうし、自分の部屋は自分で掃除できるだろうし、洗濯だってきちんとこなせるはずじゃないかな? 少なくとも、兄に自分の下着を洗わせるなんて、大人の女性なら有り得ない。俺に面倒を見られているうちは、子供だと思うぞ」
普段、梓は自堕落な生活を送っている。
『じりつ? 何それ食べれるの?』
まるでそう言わんばかりに、自分で生活するということを知らないし、知ろうともしない。これはまさしく、保護者に甘える子供と言っていいだろう。
少なくとも、下着くらいは俺に洗わせないでほしい。女の子向けのパンツを見るたびに、俺が触っていいのかなぁと迷ってしまうから。
そういうわけで、俺は梓の保護者だと思っていたけれど。
「はぁ? 梓は面倒を見られているんじゃないよ? 面倒を『見られてあげている』んだよ???」
予想を斜め上に超える回答が帰ってきて、俺は勘違いしていたことを思い知らされた。
つまり梓は、俺のことを保護者と思っていない。
たとえるなら、ペットの猫が飼い主を下僕と思っているように。
梓は俺を、下に見ているようだ。
「おにーちゃん、梓のこと大好きでしょ? シスコンだし」
「……まぁ、否定はしないけど」
「だから、かわいい妹のお世話するのも嬉しいでしょ?」
「嬉しい……!?」
「うん。おにーちゃんは梓のお世話をすることが生きがいであり、趣味であり、存在理由なんだから、それを取り上げるのは可哀想と思ってるだけだもーん」
もちろんそんなことはない。
別に、喜んで梓の身の回りの家事をしているわけじゃないのに。
どうやら梓は、俺に家事を『やらせてあげている』感覚のようだ。
なるほど……ようやく分かった。
子供扱いされただけなのに、やけに怒っているなぁと思ったのだ……つまり梓は、俺のことを下の存在と思っているからこそ、子供扱いされるのが許せなかったわけだ。
うちの義妹は、少し……いや、かなりナマイキに育っているらしい。
でも、そういうところもちょっとかわいいと思ってしまうあたり、俺はなかなかのシスコンだと思う――。
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