五百四十三話 主人公らしくない彼の戦い方
たとえば、かつての竜崎ならこの状況をどう対処しただろう?
(ナンパイベントのテンプレ解決策といえば……実は武術が強くて相手をなぎ倒すパターンか、彼氏と偽るパターンかな?)
竜崎ならどちらでも卒なくこなせそうだ。
意外と体格もいので、喧嘩になったとしても優位を取れるかもしれない。
しかし、俺には残念ながらそういう隠しステータスはない。
運動はできないわけじゃないけど、力比べとなると話は別だと思う。そもそも、争いごとを避けてきた人間でもあるので、性質的に向いてないだろうし。
だから、刹那的に抱いている荒々しい感情は抑えるべきだ。俺の本質とは相容れない上に、うまく使いこなすことはできない。
つまり、俺が選ぶべきパターンは後者。
しほの彼氏だとアピールして、ナンパ男たちを遠ざけること。
多少、彼らを苛立たせることにはなるかもしれないけど……そこはなんとかやりすごそう。
今まで、自分をモブだと思い込んで、色々な問題をやりすごして生きてきたのだ。そっちの方が圧倒的に向いているはず。
「おい、何とか言えよ!」
三人の男性の一人に小突かれて、ようやく顔を上げた。
長い時間ではない。少しだけ黙っていただけなのに、返答がないだけで苛立っているようだ。
少しでも会話の選択肢を間違えたら展開が荒れるかもしれない。
もしかしたら、あちらにボコボコにされてでもしほと梓を守って、男気を見せる……そういう展開だってあり得る。
でも、俺が傷つくと彼女たちも苦しむので、なるべくそのルートは回避したい。
だからこそ慎重に、間違えないように――俺は『人当たりの柔らかい大人しい男性』を演じた。
「あ、すみません。ちょっとびっくりしちゃって……これってナンパですか?」
腰を低く、丁寧な口調で話しかける。
「ナンパ? ちげぇよ、ただ遊びに誘ってるだけだろ?」
「遊びにですか? そういうことなら、ごめんなさい。えっと……梓はまだ中学生なんです」
「いや、さすがに中学生には興味ねぇよ」
「このおかっぱ頭の子か? さすがに子供だよな」
「……中学生は仕方ねぇな」
俺に敵意がないことは伝わっているのだろう。
さっきまで血気盛んだったナンパ男たちだが、拍子抜けしたように語尾の勢いが弱くなっていた。
「むぅ」
本当は高校生なのに、と言いたそうな顔で梓がこちらを睨んでいるけど、それは無視して。
「あと、しぃちゃん……しほは俺の彼女なんです。あの、初めての恋人なので……できれば、引いてくれると嬉しいのですが」
なおも慎重に、それでいて言い返すのではなく、相談するような口調で話しかける。
ここまで下手に出る相手に威圧するのは、さすがの彼らも気が引けるのかもしれない。
「は? んだよ、彼氏だったのかよ」
「地味すぎて釣り合わないのによく付き合えたな」
「お前みたいなつまんなそうな男より俺らの方が楽しいと思うけどな」
まだ会話に棘はある。
しかし、少しずつ熱が冷めていくのを感じた。
まるで、美味しいごはんを食べている時に虫の映像を見せられたかのような……そんな顔で、気が萎えているようにも見える。
「そうなんです。俺なんかにはもったいない彼女で……あの、すみません」
「謝ってんじゃねぇよ。男らしくねぇな」
「彼女の前で情けないと思わないのかよ」
「はぁ……もういいんじゃないか? なんか、こいつから女を奪うのは可哀想だろw」
そして、彼らの意思を削ぐことに成功した。
かっこよくないやり方だとは思う。同情を買うような言動は男性らしくはない手段だ。
でも、主人公らしくない俺にとっては、最良の行動だった。
おかげで、ナンパイベントを何事もなく穏便に解決できたのだから――。
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