五百四十二話 ナンパイベント

 日焼けした肌。引き締まった肉体。長く伸びた染髪。耳元にピアス。胸元にネックレス。指本にはリング。


 いかにも遊んでそうな三人の男性が目の前にいた。

 顔立ちはそこそこ整っている。しほみたいに桁外れではないものの、クラスにいたら人気がありそうなレベルだと思う。


 だからなのだろうか。自尊心と自己肯定感に満ち溢れたその表情は、決して俺のような人間が浮かべられるものではない。


 きっと、彼らは自分に自信があるのだろう。いきなり、知らない女の子に声をかけることに迷いがない。自分の視点こそが正しく、それ以外は間違いなのだと言わんばかりに。


 たとえば、相手に迷惑にならないか――などという客観的な視点は、持ち合わせていないようだ。


 恐らく、幼少期から今まで、他者に否定された経験が少ないのだろう。容姿や能力など、先天的なステータスに優れた人間にありがちな傲慢さを感じて、少しだけ懐かしくなった。


 少しだけ、似てるかもしれない……かつての竜崎龍馬と、同じ匂いがした。


 今は丸くなっているから比較するのも可哀想だけど、傲慢な人間を見るとどうしてもあいつを思い出してしまう。


 まぁ、とはいえ……竜崎ほどの『格』はないか。

 現に、俺が威圧されていない。ナンパ男たちを前にしても冷静で……いつもより変に落ち着きすぎていて、分析しているくらいだ。


 これはちょっと気味が悪い感覚である。

 窮地になっても動揺せず、むしろいつもより力を発揮できるなんて――俺らしくない気がした。


 いや、しかしこの状態で問題はない。

 むしろ都合がいいので、今はとりあえずこの状況に対処しておこう。


「あの、ごめんなさい。俺たち、これから用事があるので」


 分かっている。彼らの目にはしほしか見えていないことを。

 なんとなく、梓も意識してはいるだろうけど……彼女は顔立ちが幼いので、メインのターゲットではないのかもしれない。


 それでも何かを狙うかのような視線は不気味だ。梓もなんとなくそれを感じているのか、さっきから俺の後ろから離れようとしなかった。


「梓、しほ、行こう」


 あまり波風は立てないように。

 喧嘩腰に接すると相手の怒りを誘発する恐れがあるので、なるべく穏便な態度を崩さないよう、意識する。


 それでいて長居はしたくないので、そのまま歩き去ろうとしたけれど。

 残念ながら、彼らは納得してくれなかった。


「おい、お前に話しかけてねぇよ」


「邪魔だからあっち行っててくんね?」


「ってか、お前って何? 彼女たちの彼氏か何か?」


 今度は俺に視線を向けてきた。

 まずいな……敵意が向いている。


 やっぱり、彼らは勝ってきた人間なのだと思う。

 拒絶されることに慣れていない。否定されるだけでプライドが傷つけられたと思っているのか、俺に対してイライラしているように見えた。


 さて、どうしよう?


 こういう時、反抗してもいい結果は生まれない。

 たとえば、彼らと同じ熱で歯向かったとしよう。その先に生まれる展開は諍いであり、決して穏やかとは言い難い。


 もっと穏便な解決策が好ましい……普段なら真っ先に、そう考えるはずなのに。


(なんで……喧嘩になってもいいと思ってるんだ?)


 最悪、殴り合いになっても構わない。

 まるでそう思っているかのように、荒々しい感情が心の奥底に宿っている。


 本当に、俺らしくない。

 暴力的な手段を解決策の一つとして考慮している自分が、なんだか怖かった。


 さっきからずっと、自分が自分じゃないようである。

 その感覚が不気味だった――。

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