五百三十九話 牙の抜けたヒロイン

「そういえばメアリーちゃんは? どうして梓のために朝ごはんを作ってくれなかったの?」


 梓がサンドイッチをもぐもぐと食べながらリビングを見渡している。

 この場には俺、胡桃沢さん、しほ、梓しかいなかった。


 メアリーさんは先ほど帰ってきてすぐにまたどこかに行った……という話を胡桃沢さんから聞いた。


 なので、そのことを梓にも説明してくれるかと思っていたけれど。


「…………」


 梓としほが来てから、胡桃沢さんの口数が少ない。

 今も、なんだか居心地が悪そうに曖昧に笑って、どこか違うところを見ている。


 俺たちの会話に参加しているつもりもないのだろう。メアリーさんに関して答える気配がなかったので、代わりに俺が説明することにした。


「今はいないみたいよ。用事があって出かけてるんだって」


「えー。遊んであげようと思ってたのに……いつ帰ってくるの?」


「そんなに遅くはならないって、本人は言ってたみたいだけど」


「ふーん? じゃあいいや。帰ってきたら水鉄砲で遊んであげるんだ~♪」


 梓はどうしてあのメアリーさんに物怖じしてないのだろう。

 異様な雰囲気を放つ彼女は、慣れている俺ですら会話するときに緊張してしまう。

 それなのに、梓だけはメアリーさんに慣れ慣れしい……というか、思いっきり彼女を舐めている気がしてならなかった。


 まぁ、変な人だけど悪い人間ではない。梓が仲良くしても別に問題はないと思うので、二人の関係性は気にしないでおこう。


「あれ? サンドイッチにソーセージ……? ねぇ、これってもしかして、ホットドッグになるのかしら?」


 一方、しほはサンドイッチをむしゃむしゃと食べながら首をかしげていた。

 かわいらしいことで悩んでいるなぁ。しほは相変わらず、しほだった。


「さぁ? 料理名はあんまり気にしたことない……梓が好きだからいつもいれてるんだけど」


「私もソーセージは好きよ。あ、でもこれってソーセージじゃなくてウィンナー? あれ? どういうことかしらっ!?」


 君が食べているそれの入物には『ソーセージ』って書いてあったけど、確かに厳密な定義はよく知らない。言われてみると、どっちがどっちなのか分からなかった。


「どっちでも良くない? 梓は口に入れば名前なんてなんでもいいかなぁ~」


「でも気になるわっ。ねぇねぇ、胡桃沢さんは知ってる? ソーセージとウィンナーの違い!」


 と、ここでしほの方から、無言の胡桃沢さんに話を振った。


「――っ!」


 その瞬間、あからさまに胡桃沢さんは目を大きく見開く。

 驚いたような表情で、しほをジッと見つめていた。


「え、えっと」


 相変わらず、表情はぎこちない。明らかにおかしいと理解できる態度。

 それなのに……しほは、まったく気にしていなかった。


「サンドイッチとホットドッグの違いも、知ってたら教えてほしいわっ」


 目をキラキラと輝かせている。

 微塵も、胡桃沢さんに敵意を抱いていない。


 それが、胡桃沢さんを狂わしているのだろうか……彼女の方は、とてもやりにくそうな顔をしていた。


「……パンに具を挟んだ食べ物を『サンドイッチ』と呼ぶのよ。だからホットドッグはサンドイッチに含まれる料理であって、二つに違いはないわ。ソーセージとウィンナーの関係も似たようなものね。肉の腸詰をソーセージと呼んで、その種類としてウィンナー・ソーセージが存在する――ってところかしら」


「ふむふむ、なるほど! つまり、全部一緒ってことね!!」


「……まぁ、その通りよ」


 どこか、二人の波長はズレているように見える。

 しかしその違和感にしほは気づかない。いつも通り、むしろ親しそうに胡桃沢さんに話しかけている。


 それがやっぱり、胡桃沢さんは引っかかるようだ。


「なんで……」


『なんで、あたしがあんたの好きな人と二人きりでいたのに、まったく気にしてないの?』


 そう言わんばかりの態度で、ずっとしほのことを見つめていた――。

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