五百三十八話 暗躍されてることなど露知らず
【中山幸太郎視点】
意外にも、しほと梓は起きるのが早かった。
「わふぅ……あさごはんあるー?」
「ふわぁ……おなかすいたー」
朝の九時。朝食のサンドイッチを作り、料理の後片付けを終えて、いよいよ食べようとしていたちょうどそのときに、二人がリビングへとやってきた。
しかし仲良く大きなあくびをこぼしていて、とても眠そうである。
「あれ? 幸太郎くんと胡桃沢さん、二人でなんだか仲が良さそうね」
今、俺と胡桃沢さんはちょうど二人でサンドイッチを食べようとしていたところだ。
それを見てしほが微笑んでいた。
「え? あ、別にこれは……なんでもないわよ」
胡桃沢さんの言葉通り、ただ朝食を食べていただけである。
特に何事もなかったのは事実なのに、胡桃沢さんが慌てた様子で言い訳がましくそう説明したので、なんだか嘘くさい。
なんでもなかったとは思えないような反応だ。
もしかしたら、何かがあったかもしれないと思い込んで、しほのやきもちが発動するかも……と身構えたけれど。
「あら、そうなの? 胡桃沢さん、幸太郎くんは素敵な男の子だから仲良くしたほうがいいのに……もったいないわっ」
まったく、しほは嫉妬していない。
むしろのほほんとしていて、拍子抜けだった。
俺たちのことを微塵も疑っていない。
以前は、俺がコンビニの女性店員からおつりを受け取っただけでふくれっ面をしていたのに、今は穏やかだった。
「べ、べつに、仲良くないわけじゃないけど……」
「そう? じゃあ良かったわ」
俺と似たようなことを胡桃沢さんも感じ取っているのだろう。
どこかやりにくそうな……あるいは、少し後ろめたさを覚えているかのような、複雑な表情を浮かべている。
その一方で、しほは胡桃沢さんの変化にも気づくことなく、いつも通り無邪気に明るかった。
「幸太郎くん、わたしたちも食べていい?」
「うん、いいよ。ちゃんと梓としぃちゃんの分も用意してるから」
「……ねぇ、これっておにーちゃんが作ったの? いつも通りでなんか旅行って感じがしないんだけど~」
「朝はどうせあまり食べられないだろうし、軽食だから我慢してくれ。お昼にはまた、メアリーさんが美味しいごはんを作ってくれるはずだから」
「もぐもぐっ。おいしー! 幸太郎くんって料理の天才かしら!?」
「霜月さん、大げさなこと言わないで。おにーちゃんはふつーだから、天才じゃないよ?」
「じゃあ、あずにゃんの分も私が食べていいのね? ぱくっ」
「あー!? た、食べていいとは言ってないもん!!」
「だって文句ばっかり言ってるから。食べるのなら素直に『ありがとう』って言わなくちゃ」
「う、うぅ……霜月さんが正論を言わないで! こうゆーのなんて言うか知ってる? ロジハラだよ、ロジハラ!!」
梓としほが来たおかげで一気にリビングが賑やかになった。
和気あいあいと朝ごはんを食べる二人は、いつも通り……楽しそうで、微笑ましい。
二人を見ていると、力が抜けた。
なんだか少し、状況に違和感があるけれど……二人がこんなにも穏やかなので、悩んだりすることがバカバカしく思えるくらいだ。
梓としほが幸せなら、それでいい。
それ以上のことはいらない。だから、難しく考えるのはやめておくことにするのだった――
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