五百三十六話 流れの変化
「どこに行ってたのよ」
ピンクはとてもご機嫌斜めのようだ。
不満そうに唇を尖らせてワタシを睨んでいる。
玄関で立ったままやるべき話なのかは不思議だけど、答えないと中に入らせてもらえなさそうだね。
やれやれ、仕方ない。
「買い物に行ってたんだよ。食材が足りなさそうだったから」
「本当に? 冷蔵庫にたくさん入ってたけど」
「あれでは足りないんだよ」
と、即答してウソではないことをアピールしたものの。
鋭い指摘に、内心では微かに驚いていた。
実は彼女の言葉通り、食材の用意に不足はない。冷蔵庫の中には事前にしっかりと用意している。何せワタシは天才で優秀だから抜かりはない。
それで、どうしてピンクはこのことを知っているのか。
資産家の令嬢にしては常識を持っている一方で、やっぱりお嬢様であるがゆえに庶民的な知識に疎い人間でもある。少なくとも、備蓄されている食材を気にかける性格ではないはずだけど。
「お嬢様が冷蔵庫の中を見るなんて、やけに庶民的だねぇ」
「厭味ったらしく『お嬢様』なんて呼ばないで」
「でも、いつもは見ないだろう?」
「誰のせいで見る羽目になったと思ってるのよ。あんたが朝食作りをサボったから、冷蔵庫の中を確認することになったのに」
……ああ、なるほど。
ようやく状況の理解ができて、思わずワタシはニヤッと広角を上げてしまった。
いや、もちろん狙っていなかったわけじゃない。
重ねて言うけれどワタシは天才なので朝食作りを忘れていたわけじゃないんだ。
でも、もしかしたら……彼と彼女の間で何か発展すると思って、あえて無視してみたのである。
その小さな仕掛けは、思った以上の効果を発揮してくれたようだ。
「へー。お嬢様が朝食を用意してくれたのかい? それはありがたいねぇ」
「嫌味が上手で反吐が出るわ。あたしに料理ができるわけないでしょ……からかうのはやめて。中山が用意してくれたのよ」
ああ、そうだろうね。
キミに料理なんていう庶民的なスキルが身についているわけがない。
ワタシが作らなければコウタロウが用意してくれるだろう、という予想はあった。
そのイベントを経て、ピンクが彼に感謝するか、あるいは感心するとか、そういう小さな刺激を与えようと思っていたけれど……ワタシの想定以上の『イベント』へと発展していたようだ。
「いやいや、コウタロウだけが作ってくれたわけじゃないだろう? それならキミが冷蔵庫の中を見る必要がない……だから、一緒に作ったってことかな?」
わざとらしく、改めて事実を理解させるように、馬鹿丁寧に状況を説明してみた。
現場を見ていないので確かな情報とは言えない。しかし、今の覚醒モードのメアリーにはちゃんと『視えて』いる。
――料理イベント。
ワタシがいない間に、二人の間でそれが展開されていた。
物語において、共同的な作業は主人公とヒロインの仲を深める大切な役割を担う。
まさか、サブヒロインの分際で……元モブキャラの分際で、そういう『メインキャラクターっぽい』イベントが、発動するなんて。
やっぱり、転機が訪れているような気がしてならなかった。
物語の流れが変わっている。
少し手を加えるだけで、展開が広がる。
それが、やっぱり楽しくて仕方なかった――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます