五百三十五話 あんたの名は?
【メアリー視点】
「ふぅ、こんなものでいいかな」
色々と仕込みを終えて、別荘へと帰宅したころにはもう八時を過ぎていた。
本来であれば朝食を用意しておくべき時間帯。それはもちろん理解していて、その上でサボっているので危機感などは一切なかった。
ごはんの仕込みよりも『物語の仕込み』の方を優先していたからこればっかりは仕方ないだろう。
現実とは平凡な駄作だ。手を加えない限り、劇的なイベントは起こらない。故に、忙しく動き回る必要がある。
まぁ、かつてのリョウマやシホみたいな『本物』であれば、何もしなくても物語が発生したけれどね。
今はもう、二人とも牙を抜かれてしまっているのでどうしようもない。
今の段階だと、人工的、あるいは作為的に物語を生み出すしかないわけだ。
ちゃんと、シホとコウタロウのラブコメが終わるように。
サボっていたわけじゃないということを、地の文では改めてアピールしておこうか。
「減給よ、クソメイド」
だから、この裁きは不当だと思わないかい?
帰宅して早々、ワタシを待ち構えていたかのように玄関で仁王立ちしていたクルリにそう言われて、頭が痛くなった。
ふざけるなよピンクツンデレ……! たしかにワタシはキミを利用してラスボスに仕立て上げるし、その先で不幸になることは確定しているけれど、ワタシまで不幸にしないでくれよ。
と、いつものコメディチックな金髪巨乳メイドならこんな感じで反論していたと思う。
しかし、今の覚醒モードのワタシには知能が存在しているので、無意味な行動だとも理解していた。
「はぁ」
グッと我慢して、代わりにため息をつくというだけの不平アピールだけ残しておく。
「……? いつもより素直ね。気持ち悪い」
そんなワタシに不審そうな目を向けるピンク。
せっかく素直になっているんだから気持ち悪いと思わないでほしいものだよ。
「体調でも悪いの? ざまぁみろって言っていい?」
「うるさい。胸も器も小さい主で本当に残念だよ」
「その前に『仕事をさぼってごめんなさい』くらい言いなさいよ。だから嫌味を言ってるって分からないの? 子供でもできることなんだからちゃんとやりなさい」
金持ちのお嬢様のくせに常識的なことを言わないでほしい。
意外と礼儀がしっかりしているせいで、こっちがやりにくい。テンプレらしい世間離れした高飛車お嬢様でいたなら、どれほど扱いやすかったことか。
「前から言ってるでしょ? 『ありがとう』と『ごめんなさい』が言えない人間にはなるなって。心なんてこもってなくていいのよ。形式的な一言で相手の機嫌が取れる魔法の言葉なんだから、棒読みでもいいから言いなさい」
最近、謝ったら負けという思想がより顕著になっているようだね。
その考えは理解できなくもないけれど、確かにピンクの言葉には一理あった。
たった一言で人間関係が円滑になるのなら、口にしない理由がないね。
「はいはい。ごめんごめん」
言われた通り、適当に謝っておく。
それなのに、ピンクはなおも不満そうな顔だった。
「なんで素直なのよ。あんたがワタシの指示に従うなんてありえない……もしかして、誰かと中身が入れ替わった? あんたの名は?」
日頃の行いがよっぽど悪かったのだろう。
言われた通りにしても、しなくても、不満そうな我が主。
そして以外に鋭い指摘だったので、思わず笑いそうになってしまった。
ああ、その通りだよ。今のワタシは『メアリー』であって『メアリー』じゃない。
普段、キミが接しているおバカ巨乳メイドとはちょっと違う。
だから、中身が入れ替わってはいないけれど、同一人物とも言えなかった――
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