五百二十八話 二日目の朝

【中山幸太郎視点】


 スマホの時間を確認すると、まだ六時半だった。


「…………」


 寝起きに知らない天井をぼんやりと眺めていたら、そういえば旅行中だったことを思い出す。

 俺たちは胡桃沢さんの別荘に遊びに来ていた。


 二日目の朝である。

 もう少し寝ていても大丈夫とは思うけど、普段からこの時間帯に起きているので二度寝は無理だろう。


 寝起きは良い方なので大した苦労もなくベッドから出ることができた。

 梓やしほは寝起きが悪いので、起きてもなかなかベッドから出たがらないだろうなぁ……まぁ、そもそもまだ寝ている最中だと思うので、寝起きの心配をするのはまだ早いか。


 二人とも休日はお昼ごろにしか起きないようなダメ人間である。

 旅行中なので早めに起きてくる可能性もあるかな? いや、でもどうだろう?


 少し気になったので、二人の寝室を覗いてみることにした。

 起こさないよう、静かに扉を変えて中を見てみる。八畳ほどの部屋にある大きなベッドの上では、二人が仲良く一つの枕を共有して寝ていた。


 スヤスヤと気持ちよさそうに寝息を立てている。やっぱり夢の中にいるようだ。

 まだ起こすつもりもなかったので、静かに扉を閉めてから部屋を離れた。


「さて、と……」


 ひとまず洗面所で顔を洗って、歯を磨いて、そしてやることがなくなった。

 とりあえずリビングに向かって、何をしようかと考えてみる。


 普段なら朝ごはんの準備や家事を始めるところだけど……そういうのはメアリーさんの仕事かな?


「うーん」


 勝手に動いて良いものかと悩んでいると。


「……あら? 中山、早いわね」


 リビングにパジャマ姿の胡桃沢さんがやってきた。

 彼女も寝起きなのだろう。一応、髪の毛はツインテールに結んでいるものの、普段より乱れていた。


「おはよう、胡桃沢さん」


「おはよう……あ、こっちはあんまり見ないで。寝起きの乙女を見るのはマナー違反だから」


「え? そうなの? ごめん」


 そういえば、前にもしほに似たようなことを言われた気がする。

 寝起きだからってあまり普段と変わらない気もするけれど、本人が嫌ならあまり見ないでおこう。


 慌てて目をそらす。

 そんな俺を見たからなのか。


「……相変わらず、素直ね。そんなに申し訳なさそうにしなくても良いわよ。少しだけ、恥ずかしいだけだから」


 胡桃沢さんの呆れた声が聞こえてきた。

 でもその声は柔らかかったので、怒っているわけではないのだろう。


 むしろ、どこか楽しそうでもあった。


「ちょっと待ってて。顔、洗ってくるから」


 そう言い残して、胡桃沢さんは洗面所のほうに歩き去る。

 言われた通りに待っていると、十分ほどして帰ってきた胡桃沢さんが立ち尽くす俺を見て目を丸くした。


「……べ、別にそのまま待てなんて言ってないわよ?」


「え? いや、あぁ……なるほど。そういうことか」


 文字通りに受け取りすぎていたらしい。

 特に何も考えてなかった。なんとなく言われた通りにしてしまった自分が、ちょっと恥ずかしくなる。


 とはいえ、胡桃沢さんはやっぱり、少しだけ楽しそうだった。


「なんだか犬みたいね」


「犬、なのかなぁ」


「従順で大人しい、大型犬ね」


 ……そういえば、もう胡桃沢さんはパジャマ姿ではなくなっている。

 おしゃれな服、というよりはかわいらしい部屋着だろうか。ショートパンツと薄いシャツはシンプルだけど、スタイルの良い彼女にはよく似合っていた――

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