五百二十七話 現状の整理

 昨夜の出来事はしっかりと『視る』ことができた。

 コウタロウとクルリがバルコニーで話し合っている場面に気づけたのは、幸運と言うしかないだろうね。メイドの仕事を片付けている最中にあの二人を見つけて、盗み聞きしたわけだ。


 ワタシに追い風が吹いている。

 運命……いや、プロットがそう定めていたかのように。


 ワタシにクルリとコウタロウの『現状』を、どうしても伝えたかったのだろう。

 一種のご都合主義がワタシに発動したのは僥倖。予想通り、やっぱりワタシが物語をかき回す役割を担っていることの証左となりえるだろう。


(クルリはコウタロウとシホの現状に不満を抱いている)


 かつて、コウタロウに片思いして失恋した哀れなサブヒロインは、だからこそ主人公とヒロインの停滞に気づくことができたのだろう。


 彼女はコウタロウにこんなことを言っていた。


『あんたを諦めたことを、後悔しそうになる』


 ――と。

 やはり、クルリにとってコウタロウは今でも特別な存在であることに変わりはないのだろう。

 しかし、あまりにも強大すぎる恋敵のせいで、今までは戦うことすら放棄していた。


 霜月しほとは、それくらい格別の存在なのである。

 天性のヒロインに真っ向から挑むなんて、普通のキャラクターにはできない。挑んだことすら誇っていいと、呆気なく敗北して咬ませ犬にしかなれなかったワタシだからこそ、クルリの強さは理解できる。


 シホほどではないけれど、クルリにもヒロインの器はある。

 もちろん小さな器だ。本来であればシホに対抗できるわけがない脆弱な『格』でしかない。


 でも、今は……ヒロインとしてすっかり落ちぶれてしまっている今のシホであれば、クルリでも対等に戦えてしまえる。それを感じ取っているからこそ、彼女は今更になって『後悔しそうになる』と本音をこぼしてしまったのだろう。


 主人公の優しさに甘え切って、堕落したメインヒロインは……もうただの『女の子』になりかけている。やはり『優しさ』とは毒なのだろうね。かつて、リョウマがサブヒロインたちをおかしくしまった時と同じように、主人公の毒はヒロインを変容させてしまう。


 モブから主人公に昇華してしまったコウタロウは、無意識のうちにシホを『優しさ』に毒されてしまっている。天性のヒロイン性が鈍っている。


 好機だ。

 クルリが巻き返すなら、今が絶好のチャンスだ。


 彼女なら、シホにとって良いライバルになりそうである。

 前にも言った通り、物語のラスボスとして彼女以上にふさわしい存在はいない。


 そして、彼女以外に適した存在がいないということも、しっかりと明記しておこうか。


 だから、この物語が終わるには、コウタロウはクルリを傷つけて見限るしかない。

 いつものように、誰にも優しくするという選択肢は選べない。クルリを選ばないという道の先にしか『しほと付き合う』というゴールはない。


 小旅行も二日目を迎えた。

 リミットは明日の朝。それまでに、クルリの『恋』を再燃させるイベントを発生させる。


 場所は、ほとんど人がいないプライベートビーチ。

 人里離れた場所にある避暑地で起こせるイベントは、なかなか選択肢が多くない。


 難しい状況であることは認めよう。

 でも、今のワタシなら、大丈夫。


 何せ、物語を作るという権能を持ったキャラクターなのだ。

 いわゆる『チートキャラ』が、ここからはしっかりと物語を盛り上げてみせようか――。

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