五百二十四話 夜が明けて
【メアリー視点】
――長い長い夜が終わった。
小旅行も二日目を迎える。海岸を歩きながら昇る朝日を眺めていると、気持ちがどんどんと昂ぶってきた。
「にひひっ。おかえりなさい、物語のワタシ!」
誰も見ていないことをいいことに、海に向かって大きく叫んでみる。
カラスの鳴き声しか返ってこないところに少しの不満はあれど、こんな青春映画のテンプレワンシーンみたいなことは普段まったくやらないので、なんだか一気に冷めた。
「……こういうことを『面白い』と思う浅はかな人間にはなりたくないねぇ」
いくら興奮していたとはいえ恥ずかしいったらありゃしない。
海に向かって叫んで何になるのか。それで気持ちが切り替わって、ポジティブになれる……そういうシーンをいくつも読んできたけれど、たいていの作品においてそれはただの『惰性』でしかなかった。
青春っぽいワンシーンが書ければ、それで良い。
作者の怠慢が透けて見えて反吐が出そうになるね。
ヒロインの生い立ちに『過去、強姦されかけて男性が苦手』という設定を付け加えることで、読者に『この子はかわいそうなんだ』と思わせるくらい単直で新鮮味のない設定だと思う。推理系統の物語で人が簡単に死ぬのも嫌いだ。せっかく人が命を落としたのに、物語性がなさすぎる。
おっと、話がそれたかな?
こういうことを言ってしまうと、素直すぎる読者が『あの作品のことを言ってるんだ!』と怒っちゃうことがあるから、あまり言わないほうがいいのかもしれないね。
まぁ、ワタシには関係のないことだけど。
どうでもいい。読んでいる人が楽しめるなら少数の意見に流される必要などない。
だからこそ、今回の流れは意外でもあるけれどね。
「シホとコウタロウのイチャイチャラブコメが続くと思っていたのに、まさか……こうなるとは」
ただただヒロインと主人公がイチャイチャするだけの幸せな後日談。
今回の小旅行も、そんなくだらないイベントだと思っていた。
どうせ、海でかわいい女の子の水着シーンでも見られれば良いとか、その程度の役割しかないワンシーンだと思っていた。
それは悪いことなんかじゃない。
だって、大勢の人がそういう『優しい物語』を求めていたはずだから。
きっと、そういう物語が続くのだと思い込んでいた。
でも、どうやらそれは違うらしい。
「最後の山場を作ればいいと、そう言ってるのだろう?」
ワタシからせっかく取り上げた『チートキャラ』という権能を、再び返すなんてそうとしか思えない。そうじゃないと意味がない。
これがくだらない日常テンプレイベントだとするなら、チートキャラの権能なんて不要だ。金髪爆乳メイドお姉さんとして、コメディチックなキャラクターを演じているだけで、十分に役割は果たせたと思う。
思考に霧がかかっていた。
全能を奪われて、ただ胸が大きいだけのドジっ子メイドにしかなれないと、諦めていた。
だけど今は違う。
「感謝するよ。神か、作者か、あるいは偶然か……ワタシの人生を作っている存在がいるとするなら、心からありがとうと言わせてもらおうか」
正直なところ、ドジっ子メイドとして生きるのもそこまで嫌いではない。
でも、それが最高の人生ではない。
ワタシにとって至上の幸せは『面白い物語を読む』ことだ。
このくだらない日常ラブコメを壊して、最初のころのようなアンチメタラブコメこそが、ワタシの理想である。
さぁ、夜は明けた。
ここからちゃんと、物語を『終わらせる』としよう――
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