あけましておめでとうございます! ~新年特別SS~ その2

「ひぃぃぃ」


 しりもちをついたしほが、そのままの状態でゆっくりと後退する。

 情けない声をあげながら、彼女は幸太郎のふとももにすがりつくように抱き着いた。


「あ、あっちに、あれがっ」


 まるでオバケでも見たようなリアクションである。

 恐怖と驚きが入り混じった表情は、幸太郎の苦々しい笑みをいつもの柔らかい笑顔に変えてくれた。


 最愛の女の子は、今日も可愛さを更新している。

 おかげで幸太郎は、少しささくれだっていた感情を鎮めることができた。


「落ち着いて。あれは、ただのあれだから」


「でもっ! あれって、あれでしょう!?」


「まぁ、あれだけど」


 どうして名称を口にしないだろうと首をかしげながら、幸太郎はしほの頭にそっと触れる。

 膝付近を抱きしめている彼女は、ちょうど撫でやすかった。


「とりあえず落ち着ける? 別に変なものじゃないよ……いや、変なものではあるんだけどね。とにかく、誰が置いたのかは判明しているから」


「んっ……そうなの? じゃあ、良かった」


 幸太郎に触れられたからだろうか。

 しほは気持ちよさそうに目を細めて、彼の手に身をゆだねていた。


 先ほどはかなりびっくりしていたようだが、なでられた影響なのか今は呼吸も落ち着いている。


「てっきり、幸太郎くんにへそくりを眺めてニヤニヤする趣味でもあるのかと思って、びっくりしちゃったわ……あ、別にそれを否定しているわけじゃないわよ? お金は大事なものだし、価値観は人それぞれだものね。でも、わたしには縁のない大金だから、びっくりしちゃって」


「いやいや。そういう趣味はないよ? びっくりしたのは俺も同じだから」


 しほも梓と同様、金銭感覚はやや緩い傾向がある。ソシャゲやゲームなどに使いすぎてお小遣いがなくなったと困っているところを、高校生時代はよく見ていた。


 とはいえ、一般的な家庭に育ったので浮世離れしているわけではない。

 金銭的な感覚でいえば、幸太郎と近しいだろう。


 ただ、幸太郎の家庭は……一般的なようで、かなり世間と乖離しているわけで。

 だというのに、彼の感覚がまともなのが、異常といえば異常だろう。


 あまり執着のない幸太郎らしいといえば、らしいのだが。

 普通、親からこんな大金をもらって育てば、金銭的な感覚が狂ってもおかしくはないのに。


「お年玉だよ。母さんが毎年、大金を置いていくんだ……こんなに要らないんだけどなぁ」


 大金を前にため息をつける人間はかなり稀だった。


「え? これがお年玉なの!? すごい……っ」


 困ったようにぼやく幸太郎を見上げながらも、しほは明るく笑っている。

 同調せずに、彼とは対照的にどこか嬉しそうですらあった。


「すごいかな? 俺としては、ちょっと迷惑かも」


 しほが喜んでいる理由が分からない。

 どういうことなのか、しほの感情を探ろうと彼女と視線を合わせる。


 サファイア色の瞳は、いつも通り透き通っていて……とても綺麗だった。





「どうして迷惑なの? お母さまの愛情だと思うわっ。きっと、幸太郎くんとあずにゃんに喜んでほしいから、こうやっていっぱいくれるのよ!」





 ――盲点だった。

 あの冷血な母親が、まさかこんなことを考えているなんて幸太郎には信じられなかった。


 しかし、辻褄は合う。

 母親は『親の責務を果たした』としか言わないだろう。


 でも、幸太郎は知っている。

 母親は感情を表現するのが苦手な人だから……。


「お金でしか、愛情を表現できないってことか」


 たくさんあげることが、母なりの『親心』だろうか。

 その可能性に気付いて、幸太郎は先ほどまでの自分を恥ずかしく思った。


(反発心で、否定的な感情しかなかったけど……そうだよな。あの人は、俺たちを困らせたいわけじゃないよな)


 いろいろあったので、母親にはあまり良い感情を抱いていない。

 でも、母なりに歩み寄ろうとしていることに気づいて、拒絶ばかりしていた自分が間違っていたことを、彼は反省した。


「ねぇねぇ、幸太郎くんはこのお金をどうするの?」


「返すか、受け取ってくれなかったら、生活費を管理している口座に振り込もうと思ってるけど」


「じゃあ、ちょっとだけお返しでも買わない? お母さまに感謝を伝えたら、きっと喜んでくれると思うわっ」


「お返し……?」


 多すぎる額なので、最低限だけ梓に分けてからあとは通り銀行に預けようとしていた。

 しかし、それだといつも通りで味気ないだろう。


「……そうだね。うん、そうする」


 結局、母からもらったお金でお返しを買うのは変な話だと、かつての幸太郎なら思っただろう。

 でも、今の彼なら……少し大人になった幸太郎は、ちゃんと分かっている。


「母さん、喜んでくれるかも」


 あの人だって……いや、母さんは『母親』なのだ、と。

 息子からのプレゼントを喜ばないわけがないと、そう思えることができたのだ。


「じゃあ、今から買い物に行きましょっ。ついでにデートも!」


「あれ? でも、寝不足だから寝るんじゃないの?」


「寝るのは後にするわっ。ついでに、ほら……お母さまにわたしのこともちゃんと伝えておいてね? 未来の『お義母さま』のためなら、眠気なんて気にならないもの」


 そうなのだ。

 きっと近い将来、幸太郎の母親はしほの母親にもなるわけで。


 そのとき、幸太郎が実の母と仲が悪いままだと、彼女も困るだろう。


(……ちゃんと、母さんとも向き合おうかな)


 しほのためにも。

 幸太郎は、不仲で疎遠な母に歩み寄ろうと、決意する。


「じゃあ、行こうか」


「うんっ」


 お出かけの準備をして、玄関を出る二人。

 新年になっても、仲が良いのは変わらない。


 でも、年を重ねるたびに……二人は大人になっていくのだった――。



(新年特別SS、終わり)








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お読みくださりありがとうございます!

昨年はあまり更新できなくて申し訳ないです。

書籍の作業など立て込んでしまいました。

今年は小説家になろうでの活動にも力を入れたいと考えています。

新作も出したいし、本作も完結させたいです。

ぜひぜひ、応援いただけますと幸いです。

これからの活動に関しては、Twitterのほうでいろいろと情報を発信していきます。フォローしていただけると嬉しいです。


書籍版も4巻まで発売中です! コミカライズも5話まで更新されております。

今年も、どうぞよろしくお願いいたしますm(__)m

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