五百二十三話 一夜目 その13

「かわいく生まれてしまったばっかりに、あの子は『与えられること』に慣れてしまっている」


 胡桃沢さんは語る。

 普段は決して口数が多いタイプじゃない。


 でも今は、何かスイッチが入ったように次々と言葉を続けていた。


「本人は嬉しくないかもしれないけど、かわいいからこそ霜月はいつも『愛』を与えられてきた……もちろん、必ずしもそれが良いこととは限らない。あの子を見ていると、かわいそうに思えることだってある。でも、世の中には与えられない人間のほうが多い。そういう人間から見ると、あの子はとても羨ましい」


「しほが……羨ましいの?」


「ええ。あんたの愛を与えられることを『当たり前』に思っているあの子が、羨ましくないわけがないでしょ?」


 胡桃沢さんの言葉に、熱が迸っている。

 感情的な彼女を久しぶりに見た……そしてその『圧』は、やっぱりかつての竜崎やしほと同系統のものだった。


 こちらが、口をつぐんでしまうような。

 その言葉が、真実であると思い込んでしまうような。


 そういう説得力と力強さが、またしても俺の反論を押しつぶす。


「もし、あたしだったら――あんたを放置したりしない」


 そう言って、彼女は立ち上がる。

 月夜にさらされる彼女は、神秘的な雰囲気さえ醸し出している。


 普段は二つに結ばれた髪の毛が、風に揺れて……その姿が、普段の胡桃沢さんとは違っていた。


 綺麗なのか。

 あるは、不気味なのか。


 しほに近い特性を持ち、容姿が常人離れしていることもあって、やはりその姿に目を奪われた。


「せっかくの小旅行……海に来たのなら、もっとずっと一緒にいる。スマホでゲームなんてしない。同性の友達と遊ばない。食欲よりも、睡眠欲よりも……何よりも、あんたの隣にいることを選ぶ。あたしが霜月だったら――そう思わずにはいられない」


 その言葉の裏に宿る感情は……怒りだろうか?

 いや、違う。怒っているわけじゃない。


 胡桃沢さんは、悔しそうだった。

 それから、残念そうにも見えた。


「中山……あたしはね、あんたのことを好きだった。ただその感情は、決して強くなくて……学生らしい、浮ついたものでしかなかったの。だから、諦めた。霜月のほうがあんたのことを深く思っているはずで、あたしよりもあの子の方があんたにふさわしいと思ったから、身を引いた。潔く、忘れようとしてたのに……今の霜月を見ていると、その選択を後悔しそうになる」


 彼女は、しほ以外の人間でただ一人、俺に特別な感情を抱いてくれた少女だ。


「…………っ」


 だから、その言葉の重みを感じて、地に足のついていない俺はやっぱり何も言えなかった。

 そんな俺を見て、胡桃沢さんは苦笑する。


「って、あんたにこんなこと言っても困らせるだけよね? ごめんなさい、昂ってしまっているみたいなの。どうしても、あたしにとってあんたたちは……特別だから」


「…………いや、うん、大丈夫」


 君が謝る必要なんてない。

 むしろ、この言葉を口にさせてしまっていることを、俺は反省するべきなのだ。


「あんたは何も悪くないって言ってるでしょ? だから、その顔をやめて」


 そして、そういう俺の心境すら、彼女にはお見通しのようで。


「予め言っておくけれど……この件に関して、あんたが解決できるものは何もない。あんたが動けば、悪い方向に進むだけ。そのことをよく理解しなさい? 霜月との関係は、それくらいこじれていることを理解しておいて」


 くぎを刺された。

 決して動くべきではない、と。


「だって、あんたは何も悪くないんだから」


 念を押されるように繰り返される言葉。

 それを、心に刻めと彼女は言っている。


 ……今まで、何かあれば俺が動くことですべて解決してきた。

 でも、今回はどうやら何もできない。


 だって、俺の選択は間違えていない。

 しかし……そう言われても、やっぱりもどかしかった――

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